ものぐさがうぬぼれを救う

栗山 丈

ものぐさがうぬぼれを救う


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 事細かく物事に執着することに愛想をつかしていて、他人の細かな性分に煩わしい想いをいつもしていた。


神経質なこだわりが何もなく、サッパリしていて、人との接触が好きではなかった。そんな宗像和希は無職で引きこもりである。


独り暮らしだけれども、自分では努めて信念を持って生きていると自負していた。


仕事はしていなかったが、スマホでできる簡単な副業をしてなんとか生活している。


毎日、食べる分の買い物は最低限しているし、家の掃除も適度にこなしているところを見ると几帳面のように見えるけども、本音はほったらかしのままにしておきたいと思うものぐさだった。


 食べ物は美味しい物を食べたいという欲はまるでなかった。必要な栄養を少しの量だけとって、あとはほとんど物を食べないのである。


食事に時間をかけずにサッと食べてきれいに後片付けをする。


なぜ、そんなにものを食べないのかというと、時間が惜しかったのである。


とにかく生活上で無駄な時間を浪費するのを嫌っていた。異常なほどに熱中していたことがあって、関心のないことに時間を取られたくなかったのである。



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 三崎周也は高校時代にともに悪事を働いてきた親友である。


学校で教室前の廊下にワックスを大量に塗り付け、ツルツルの状態で向こうから獲物をおびき寄せる。


「おおい、おもしろいものがあるぜ、早くこっちへ来てみろよ」とおびき寄せ、「なんだなんだ」と聞きつけて走ってくる輩どものすってんころりんするのを楽しんだり、担任の先生のものまねをして、恥をかかせたりするなんてことは日常茶飯事であった。


そんな周也と卒業後も和希は付き合いを続けてきた。


ただ周也は人を見下すところがあって、イジられるのはいつも和希のほうである。


ちょっとした雑談でも上から目線の周也は言いたいことは口に出してしまうタイプで、味噌糞に言われるのが癪にさわってしかたがない。


「なあ、家に閉じこもってばかりいないで、少しはおもてに出て、働くことを考えたらどうや。うちらはまだ先は長いんやで。今から家に居っぱなしじゃよぉ、体が腐っちまうって。近所をふらふらしているそうやけど、就労嫌いのニートがあてもなく徘徊していると、その辺の住人に白い目で見られるっちゅうに。ただほっつき歩くんじゃなくって、仕事に出ろや。家でじっとしていることができないで、ダラダラと街を歩いて過ごすのはお前の性格やけど、人様の誤解を招くようなことはしたらあかん。ちょっとは考えなぁ」


 と根っからの関西人とわかる訛りの周也に和希は、

「おぬしも相変わらず高飛車じゃのう。少しはだまっとけぃ。」と、反発してあとはそれっきり。



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 周囲の人間から不評な和希だが、自分には絶対の自信があった。


なぜなら、和希には物事を予知できる能力を持ち合わせていたからである。


このことは誰にも打ち明けていない。特にこれを使って何かを企てることもない。これで、悪事を働こうと思うこともまったくない。


この予知能力のために、自分の可能性をただ研究し続けてきたからというのが、時間を惜しんできた理由である。人の身の上に起こる未来がわかり、中長期的な社会の動向が予測できるものだから、その結果をあれこれと考えて、余計な心配をしてしまうのだ。


仕事に就く、就かないは和希にとって重要ではない。


自分の能力を知り尽くしたうえで、予知能力の研究をさらに進め、自分の可能性を見定めたいだけなのだ。


時間を切り売りして給料をもらうことに意味は見出させないと感じていることに恥じるつもりはなかった。


今の副業の収入で生活できないのなら、副業を更に兼業するだけの話である。


このように生活観については、百八十度周也と逆の考えだったが、嫌味をかまされても、苦言を呈されても二人は結局、お互いを知り尽くしていて、馬が合うことを互いに認識していたのである。



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 子どもの頃から周也はテレビドラマに親しむとともに、自らも劇作に関わる仕事に就きたいと願っていた。


物語の制作にかけては中学生頃から少しずつ才能をあらわしていた。


高校時代には自宅にこもってシナリオを書き続けた。放送作家を将来の道として志したかった。


高校卒業後に甲陽大学文学部に入学、その後も研鑽を積み、活動の範囲をさらに伸ばそうと思っていた。


 ある日、和希と周也が世間話を繰り広げていた時のこと。相変わらず仕事に就かないことを咎める周也に、和希は反論する。


「競争社会なんて、いやだね。毎日が戦いなんだろなぁ。どれだけ〝競争〟が人間を不幸に落とし入れていると思う? この社会では企業でも、身近な生活でも様々なところで競い合いがみられる。そこから乗り出した者だけが勝利を勝ち取って、利益を得ることができる。その分野の優れた者によって、質的向上が認められ、社会をより豊かにしていくしくみだよね? んー、関心ないなぁ」


「ほんまにええんかい、それで?」


「ああ、明日は明日の風が吹くからなぁ。独りで自由に生きていくよ」


 和希は社会の競争激化は、経済は発展を続けるが、必ずいつかは衰退すると異論を唱える。


社会への反応に真っ向から対立する二人であったが、やはり共にいっしょにいることでお互い心が安らぐ存在であることはわかりあっていたのであった。



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 二人はある日、市内の神社に赴いた。これからの健康祈願と念願成就のつもりで来ているのだが、和希はなんだか口を〝への字〟に曲げて難しい顔をしている。周也は和希に、


「お先にどうぞ」

と本殿の前で順番を譲った。なぜか恐る恐る和希は賽銭箱に近づき、百円玉を投げ入れるが、動きがぎこちない。どうもためらっているようにも見える。


「どないしたんや、はよせんかい」


「ああ・・・・・・」


「何してはるのや。次の人が待っているやさかい、ほれ」


「・・・・・・」


「何や?」


「—どうやんだよ? 教えろよ」


「おぬし、知らんのか」


「さっきもなぁ、御守りを返納するときも、寺のお守りは寺に返してくれって怒られた。とんだ恥をかいちまった。参拝はどうすんだよ」

と神社にお参りしたことのないのを暴露する和希。


「二礼二拝。基本中の基本だろうに」


と呆れ顔で周也は和希をにらむ。


「おお、そうか」とようやく手を合わせて頭をさげ、まずこうして生きていられることに感謝をささげる。


隣の参拝客も和希を見てクスクスと笑っている。


社会の慣習に対して何も知らなかった和希はそんなことはまったくお構いなしで、次に身の回り安全と幸せを祈願することに専念した。



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 周也は相変わらず普段はコツコツとドラマや劇作のシナリオを書き続けていた。


早く身を固めてシナリオライターとして活動したい。そう一途に思っている。


アルバイトで臨時収入を得ながら、自宅で毎日机に向かっているのだ。


以前、インターネットで東京都文化芸術財団の戯曲作品募集の広告が目に留まり、それ以降、そのコンクールに応募しようと準備を進めていた。


アルバイトといっても、企業のホームページの作成や広告記事の編集をコツコツとこなしていて、一日の大半をシナリオ創作の活動に当てている。


毎日毎日一定の分量を書き続けて、ついに「狂気と誘惑」という力作を完成させた。


苦労して書き上げた自信作であった。これを誰かに読んでもらおうと、まずは和希に原稿を渡そうと思い立つ。


「おい、これな、やっとで書き上げたさかい、ちょっと読んでみてくれへんか?」


「ああいいよ。一週間位したら、メールで感想を送るよ」


「あるコンクールに応募したいんや。よろしくたのむで」


 別れた後に和希は一息入れて、原稿に目を通し始めた。読んでいくと、なるほど奇想天外なストーリーでユーモアに満ちている。


その後、数日で読み切ったところで、和希はこの戯曲のゆくえが予知によって見えてきていた。


(こ、これはいったい?)


 一旦、周也にはなかなかの好作品である旨をメールで送っておいた。


それを受けて周也は気をよくしたのか、入賞を確信してコンクールに応募した。



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 和希は周也の作品をきちんと評価できるほどの力はない。


だが、周也の近い将来のことが見えていた。


近未来を本人に言うべきか言わないでおくのがよいのかはだいぶ頭を悩ませた。


打ち明ける前であるが、周也の反応が今にも目に浮かんでくる。


だが、言わないでおくほうが逆に不憫な思いがつのってくるばかりだった。


思い悩んだ末、和希ははっきりと打ち明けることを決意した。


そして、いつものように周也が和希のアパートに現れたときにいいタイミングだと思い、


「—なあ、この前応募した戯曲コンクールのことだけど—」とほのめかし始めた。


「おっ、あんたの予知能力で受かるか、落ちるか占ってくれるっちゅうか。おもしろい、聞こうやないか。どうなんや、えっ?」


「あのなぁ、今回は・・・・・・」


「今回は?」


「・・・・・・」


「はっきりせいや。どっちやねん? 受かるのか、落ちるのか、さあ。さては言わないところを見ると・・・・・・」


「—今回は駄目だよ。上には上がいるようだ。だけど、これから精進すれば十分可能性はある。だが、その先は大きな障害が待ち受けている。苦労は絶えないけど、乗り越えると大きな幸せが待っているはずだ。コンクールも言わば一つの競争だけど、勝ち得た喜びは励みとなって何事にも代えがたい糧になるものだ。陰ながら応援するから。頑張っていこうよ、なあ」



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 和希は周也が意気消沈してはいけないと温かく接し続けた。


だが、結果を知らせる文書は周也を一瞬にして落胆させた。


第一次選考で箸にも棒にも掛からぬ〈落選〉の知らせである。


無残な結果に周也は呆然と立ちすくんだ。


悔しい思いからすっかり家に閉じこもってしまい、失意のうちに寝込んでしまう。


 和希はコンクールの結果に憐みを感じた。


その後に何度か周也にLINEで連絡を入れるが返信はない。


周也にも言ったが、コンクールも入賞すれば応募者にとっては大きな励みになる。


(あの時は〝競争〟というものを害悪だと思って、否定したけれども、世の中にはプチ競争めいたものが無数に存在するものである。世の中は何でも良い成績をおさめれば将来への糧となって、人生の豊かな道も切り拓けるというもの。研鑽を積んで、さらに精進して再チャレンジしたらどうだろう。)


こうメッセージを入れて再送してみた。


もちろん、和希ができることはサポートしていくつもりである。


溢れんばかりの想いを胸に秘め、返信を待ち続けた。


この間、長い空虚な時間が和希の気を揉ませるばかりであった。



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 LINEの送信から5日後の朝、周也から待ちに待った返信が入っていることに気づく。


早速目を通すと、どうやら気持ちが少し落ち着いた様子がうかがえる。


(おまえに言われて、眼が覚めたようだ。世の中それほどとんとん拍子に事が運ぶわけがないもんな。頭を冷やして出直すことにする。でも、あきらめない。必ずリベンジするからな)


 メッセージを見て和希は安堵した。


(さすがだな、見直したぞ。がんばれよ)


こうメッセージを返信している自分があいつに対して何をしてやれるのか、今すぐに思いつくことはなかったが、力になれることがあればと感じている。奴の奮起に期待が沸き起こるのを感じた。


 周也はその後、猛烈な勢いで現代劇やドラマのシナリオを書き続け、和希がそれに目を通し、論評するという役割を担うようになった。


未熟な作品もあればそこそこのレベルに達しているのではと、素人ながらに和希は感じることがあった。


周也の努力は並大抵のものではなく、徐々にその成長が認められるように感じたのはそれから3年ほど年月が経過してからのことだった。



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 とうとう周也は以前から応募している戯曲創作コンクールを3年越しで第一次審査を通過し、最終選考で第一位を受賞した。


生涯味わったことのない灌漑深い想いに浸っていた。


ところが、彼の悪い癖で自意識過剰な行動がじわりじわりと表面化してきたのだ。


その兆候は次第にエスカレートした。周囲に鼻高々な言動を発するようになり、周也の後輩から伝わってきた話を聞いても、やはりいい噂はなかった。


(—ああ、なんてことだ。こんなことではまたあいつは 落ちていくことになる―)


 和希は周也のこれからの行動がますます気がかりになってきた。


なので、次のステップでの周也の将来をそっと覗いてみることにした。


すると、想像以上の結果に和希は愕然とした。


周也のコンクールでの受賞作品がある放送作家のある台本の剽窃の疑いをかけられることになるというのだ。


この事実、何かの間違いであってほしいと和希は願いつつ、勇気を持って周也に近く訪れようとしている未来を告げる決心を固めた。


「今度は何やねんな、次はコンクール入選のはく奪かいな。そんなアホなことあるかい。ちっとはほっといてくれんかのう」と怪訝な表情の周也。


そんなことあってたまるものかと一掃し、不機嫌顔で、口も利いてくれなくなってしまった。


 数日後、主催者側から剽窃の濫用によりコンクール入賞の取消通知が届いた。


この悲報によって周也の栄誉は一瞬にして消え去ってしまったのだった。



                 11


 落胆の色を隠せない周也は再び自宅に引きこもってしまった。


和希はしきりに励まそうとメールを送っていた。


(これからのことについては相談に乗りたい。できることがあれば微力だが全力を尽くしていきたい)


 こう申し出たが、しばらくは何もない状況が続いた。


返信がないので、前回よりも事態が深刻なので、一層気がかりであった。


なんとか立ち直ってもらいたいと励まそうと、度々LINEで連絡を取ってみた。


もっと、自分の心にポジティブに、自然に、そして自由に生きていくことを訴えた。


そして、自分も特にこの先のライフプランがあるわけではないので、全面的なバックアップを申し出た。


しかし、意気消沈の周也の心情はなかなか上向きにならないのか一週間が経とうとしていた。


 いつしか、和希のものぐさは少しずつ消えていき、他人を思いやる気持ちが現れていた。


前向きで外に目を向ける精神が周也との付き合いで自然と養われていったのが今後の二人の生き方に大きく影響していくなどとは、このときは何も知る由もなかった。


その後も支援を強く申し出た。


ようやく周也はいつまでもくよくよしていてはいけないと思い始めるようになり、少しずつであるが、この先の事を考え、そして悩みながらでも前に進んでいきたいと気を取り戻すまでになった。


剽窃のことはまったくの偶然であり、意識したことではない。


重ね合わさった不運だと主張した。そして和希はその言葉を信用した。


 その後は、以前に書いたテレビドラマ用のシナリオに少しずつ手を入れ直そうと思い始める周也だった。


それは「思い出の残る街」というドラマで、今は東京で動画クリエイターの仕事をしている青年が高校三年まで長い間住み続けた広島の尾道の魅力を見つめ、伝える活動を描いたものである。


いずれは放送作家として出発をしたいという想いはまだ捨てきれなかった。今まで酷評を受けたり、


人間関係のトラブルなどが続き、精神面での克服という壁を乗り越えなければならなかった。



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 ある時、思いもよらない幸運が周也に巡ってきた。


ブログに挙げていた「思い出の残る街」の紹介がYGKテレビ局のプロデューサーの目に留まり、ドラマの台本を書いてみないかと声がかかったのだ。


コツコツと努力を重ねて頑張ってきた周也に、またしてもチャンスが巡ってきた。


周也にとって、人生でこれほど嬉しかったことはなかった。


テレビ局からの依頼は至急のもので、一か月で六十分のドラマの台本を仕上げなければならない。


令和の時代の実直な若者を主人公とすることが条件である。


周也は日々書き続けた。自分でも気に入ったものに仕上がりそうである。


一日一日の時間がこれほど短く貴重に感じたことはなかった。


締め切りまでに仕上げられるのかどうかも自信がなかった。


この仕上がりで本当に大丈夫なのかと不安が募った。


何度も何度も推敲を重ね、とうとう締め切りの日を迎える。


仕上がったシナリオは《碧き湖を眺めて》。


そしてYGKテレビに原稿を提出した。


 書き上げた台本の評判は上々であった。周囲の関係者からは

「なかなかいいセンスしてんじゃん」


「めっちゃおもろいやん」


などの多数の祝福が寄せられた。


 周也は和希に感謝しても、しきれなった。


その後も和希は周也あてに来る手紙やシナリオを書いて欲しいなどの依頼がくるのを、窓口となって整理し取りまとめた。


「今日の時点でテレビ局からドラマの台本の依頼が3本、Youtubeの台本の依頼が5本入った。Twitterの反応も上々だぞ」



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 和希も周也をバックアップするようになってから、家に引きこもっていたような暗い性格からは180度の転換がみられた。


気持ちも非常に積極性が見られ、周囲の人間に対しても非常に気を遣うようになってきた。


そしてある時、和希から周也にこう相談が持ちかけられた。


「おまえのマネージャーとしてしばらく頑張らせてもらうよ。このまま頑張っていけば、放送作家としてメシが食っていけるんじゃないか? 事務所を開設して二人でやっていけば、俺の給料くらいは出るだろう? どうだいやってみないか?」


 確かにこのところ、仕事が次々と入ってきていて、書かれたシナリオの評判がいい。


おまけに芸人の本を書く覆面作家の仕事も来始めたから、収入は安定してくるかもしれない。


周也の《碧き湖を眺めて》は一躍YGKテレビ局の人気番組にのぼりつめた。


ドヤ顔の周也であったが、また、調子に乗って失敗してはいけないと悪い癖を意識して改めるようにもなった。


こうして和希はマネージャーに就任し、二人は一社会人としてスタートをきったのである。


「今、始まったばかりで、これから厳しい道のりを歩まなければならないのだから、覚悟して取り組まなければならない。わかったら、早速今日の仕事に取りかかってくれ」


 と尻を叩かれる周也は和希の一言に特別の感慨を覚えた。


和希の予知で周也の大きな成長と一生の安泰がそのあと伝えられると、その期待に応えなければならないと決意を新たにした。


                                            

                              (了)

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