ラーメン屋でチャーハンを

 「良心」なるものが人間一般に存在するかはわからないが、少なくとも私は似たような感覚をおぼえることがあり、それは主に町中華に行くときに生じる。やたら蒸し暑い昼間、「ラ」「―」「メ」「ン」と書かれた赤いのれんをくぐると、おしぼりで汗を拭うおっさん──彼らは一様に人権を持たない。おしぼりを雑に扱ったので──や、小うるさい学生の群れで混み合っている店内。一面メニューの書かれた壁。大量に貼られた麺類の写真。行書体で書かれた熱い張り紙──ラーメンは、スープが〈命〉です。


 私はチャーハンを注文する。……大盛り。


 「良心」が小銃を構えてやってくるのはその時だ。──おいおいおい。ラーメン屋でチャーハン? ずいぶん良い教育を受けたようだねぇこのクソガキは。いいか、一度しか言わねえからよく聞いとけ。お前さんはな、ラーメン屋でチャーハンを食うことで何か一人前に選択し、決断し、達成した気になっているかもしれないが、単に選ばされてるだけだかんな。どうせチャーハン屋ならラーメンを食うんだろうが。チャーハンを選んだんじゃなくて、チャーハンに選ばされてるだけだろ。それ、何も面白くないからな。何も特別じゃないからな。凡庸さから逃げるのが凡庸である何よりの証拠なんだよ。しかも大盛り。感性も社会性も人間性も半人前なのに? お前の考えてること全て予想できるよ。蕎麦屋でカツ丼、ミスドでチュロス、回転寿司で茶碗蒸し。オリエンテーションで黙る、生きてるのに死にたいとか思う、男もすなる日記といふものを女のフリして男が書く。満足か。このお母さん屍姦野郎(訳:デッド・マザーファッカー)がよ!


 私は時々考える。どうしてこうなったのだろう。いつからこうなってしまったのだろう。最初は純粋な意志と感情だけがあったはずなのに。ただ、チャーハンを食べたかっただけなのに。ただ、悔いなく生きていたかった、それだけなのに。

 めそめそ泣きながらチャーハンを食べた。まずくもなく、特別うまくもなく、だがそれは確かにチャーハンだった。チャーハンは、チャーハンだった。この味を忘れないでおこうと思った。私が私であるために。いつか「良心」が消え去って、堂々とそれを注文できるようになる日まで。そう、ラーメン屋でチャーハンを。

 おしぼりで涙を拭って店を出た。人権を喪失した私は、黒人のギャングに射殺された。

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