芦田みつほについて

 芦田みつほというのは僕のクラスのいじめられている女の子のことだ。顔は普通で運動神経も普通で成績もおそらく普通で人格的にもやはり普通、普通を絵に描いたような女の子である芦田みつほの社交がどこで間違えたのかということを僕は指摘できないし、彼女自身にもいじめている人間たちにもそれは不可能なことに思われた。つまりは芦田みつほは理不尽の被害者であった。見えない摂理、システムの被害者であった。僕は陰口の雨に対し傘を持たない芦田みつほのずぶ濡れになったその背中を、いちご・オレを飲みながら眺めていた。


 システムの残虐性を糾弾する人権団体の結成パーティーにはいちご・オレが出されたので、今宵は良い夜になりそうだと皆が思ったことだろう。しかし僕は度重なるいちご・オレの、愛くるしい下品さにいささか食傷気味だった。喉を通る度に罪悪感を感じさせる甘さがその夜に限ってはうざったかった。よって僕は、システムの犠牲者になった。


 いちご・オレの低俗性を糾弾する人権団体の結成パーティーにはシステムが出されたので、僕らはナイフとフォークで美味しく頂こうとした。だが、直前になって僕らは相対することになった。システムがなくなる、ということの恐怖にだ。僕はそれまで自分が、システムがなくなった後の世界の自由に耐えられないような弱い人間であると思ったことは一度もなかったのだけれど、システムの丸焼きを前に躊躇する自分を発見して、初めて自分の弱さを認識したのだった。見かねたシェフの粋な計らいによって急遽「おくすりのめたね」でシステムを食すことになった。空虚な味がした。


 システムに対抗する方法を真面目に考える。とりあえず、システムの構造を把握しないことには始まらない。敵を知り、己を知れば、フォロワー100人も夢じゃない。どこから来たのか、どの地方から来たのか、どの製造工場で作られたのか、製造番号は?得意科目は?好きなタレントは?散々質問攻めに遭い疲弊したシステムに僕は優しい言葉をかける、君の傷がわかるとのたまう、これでメンヘラは堕ちる。


 芦田みつほというのは、宇宙に選ばれた戦士であり、どこからともなく飛来する謎のシステムを殲滅しこの星を守る責務を背負わされているのだけれど、その才能に嫉妬したクラスメートによっていじめられているので、人類の敵は人間なんだなあ、と悟ったようにいちご・オレは言った。僕は彼の知ったような口ぶりが嫌になり、人類から脱退した。


 放課後は人類の滅亡と同じだ。大概の人間はそれを望む。一部の望まない人間たちによって終わらない7限目が繰り返されているという噂はあり、学校の七不思議のひとつになっている。芦田みつほは泣いていた。7限と放課後の狭間に取り残されたからだろうか。システムが不味かったからだろうか。上履きに、また画鋲が刺さっていたからだろうか。


 僕はいちご・オレを買い、「おくすりのめたね」を糾弾する人権団体の結成パーティーへの招待状とともに、うずくまる芦田みつほに手渡した。


「待ってるから」


 そう言い残して僕はまた歩き出した。理不尽なシステムに対抗するため。僕自身が、理不尽な救済となるため。すべての理不尽な悲しみを、理不尽によって、糾弾するため。

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