第11話 小さな天使のお出迎え

 あれから学校を出た僕たちの目の前には、どこにでもある一軒家があった。


「へぇ~、ここが――」

「もりりんのおうちか~っ♪」

「そ、そうだよ……」


 ――…どうして、こうなったかな……。


 数十分前の教室、舞川さんが名案を思いついたというから、何かと思えば……


『もりりんのおうちに行ってみたーい!』


 まさか、僕の家で勉強会を開くことになるなんて……。


 ――はぁ……。


「ねーねー、早く入ろ~!」


 ルンルンな声の舞川さんが腕を引っ張ってくる。


「早く、早く♪」

「今開けるから……」


 ズボンのポケットから出した鍵で扉を開けると、三人を先導する形で中に入った。


「「おおぉ……っ!!!」」


 ごく一般的な家の玄関で驚かれても……。


 ガチャリ――バタバタ――


「にぃ~たーんっ!」

「ん? あっ、鈴――」


 ぎゅっ♡


「おかえり~♪」

「あはは。ただいまっ」


 頭を優しく撫でると、鈴はリラックスした猫のように頬を緩ませた。


「えへへへっ♪」


「「「………………」」」


「……ん?」


 ふと視線を感じて顔を向けると、三人がじーっとこちらを見ていた。


 どうやら、小さな女の子が僕に抱きついた状況に思考が追いついていないようだ。


「? あっ。鈴、お姉ちゃんたちに挨拶しようか」

「んー? ――――…っ!!?」


 鈴は柊木さんたちに気づくなり、慌てて後ろに隠れてしまった。ズボンにしがみつくその様子は、まさに震える子猫。


 ……まぁ、初めて会うのだから無理もないか。


「怖い人たちじゃないから大丈夫だよ」

「…………っ」


 鈴はゆっくりと前に出ると、お行儀よくお辞儀をした。


「こ……こんにちは……」


「「「――ッ!!? こ、こんにちは……っ」」」


 三人も同じようにお辞儀したのだけど。そのぎこちなさに思わず笑ってしまいそうになる。


 ――絶対に笑わないけど。


「妹の鈴です」

「鈴ちゃん…………もりりんの妹ちゃん、可愛すぎなんですけどーっ!」


 舞川さんは徐に鈴と目線が合うようにしゃがむと、


「可愛いお名前だねっ♪ 鈴ちゃんって呼んでいい?」

「っ……い、いいよ……っ」

「いいの~!? 嬉しいぃぃぃ~っ」


 名前を褒められてまんざらでもない様子の鈴。


 初対面の子供と話すときは、上からではなく目線を合わせることが大切だ。


「やった~♪ じゃー鈴ちゃんは~、何才なのかな~?」

「うーんっと……いち……にー……さん……よん……よんさいっ!」

「へぇー。ちゃんと答えられてえらいね~っ♪」

「……えへへっ」


「「「…………っ!!?」」」




 鈴の眩しい笑顔に、三人の心は射抜かれ――




「か……可愛いぃぃぃ~~~~~っ♡♡♡」


 柊木さんも同じようにしゃがむと、カバンからチョコやポテチなどのお菓子を出し始めた。


「お菓子食べる? どれがいい? どれでもいいよ~」

「え、いいの~!?」


 ――あはは……柊木さん……


「んとねー、んとねー……うぅーん……」

「ああぁー可愛い……マジ天使……っ」


 両腕で抱えるほどの量から選ぼうと悩んでいる姿に、キュンとする柊木さん。


「…………可愛い」

「? どうしたの、委員長?」

「へっ? な、なんでもないですよ!? 森野君の妹さんがあまりにも可愛くて私が触れるなんてそんなこと……考えたこともありませんからね!?」


 ――なんでもないことは、ないよね……。




「あらっ、なんだか賑やかな声がすると思ったら、もしかして、お客さん?」




「「「?」」」


 三人が開いていたリビングの扉の方を見ると、一人の女性がひょこっと顔を出した。


「ふふっ、お帰りなさいっ」

「た、ただいま――――母さん」


「「「お、お母さん……っ!!?」」」


 息ぴったりな三人の顔を見れば、なにを思っているのかは察しがつく。恐らく『わ、若いっ!』と思ったのだろう。


 とっくに四十を過ぎているのにも関わらず、童顔ということもあってか、初対面の人はみな同じ反応をする。この前も、近所に引っ越してきた人に年の離れた姉と間違われたほどだ。


「こんちわーっす」

「はじめまして~♪」

「お、お邪魔しています」

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」


「「はぁーいっ!」」


 二人の元気な返事に、母さんは口元に手を当てて「ふふっ」と微笑む。


「へぇー、息子にも遂にモテ期が――」

「――か、母さんっ!! そんなんじゃないからっ!」

「またまた~♪」

「……それより、財布持ってどうしたの?」

「あぁー、実はさっき買い物に行ったんだけど、卵を買い忘れちゃった♪」

「電話してくれれば買ってきたのに」

「電話したわよ?」

「え? ……あ」


 スマホのトーク画面を確認すると、そこには着信の通知が表示されていた。それも十分前に。


『悪いんだけど、近くのスーパーで卵買ってきてくれなーい?』


 ――あれ? どうして気づかなかったんだろ……。


「ふふふっ。もしかして、緊張してたのかな〜?」

「!! は、早く行ってきなよっ!」

「はいはい、ごゆっくり~。あ、鈴の面倒お願いねっ♪」


 と言いながら靴を履いた母さんは、ニヤニヤした顔で出かけて行った。


 ――はぁ……まったく。






 その後。


 リビングに移動すると、僕はキッチンに入って飲み物の準備を始めた。


「私も手伝いますよ?」

「大丈夫だよ。委員長はお客さんだから座ってて」

「ねぇー、もりりーん」


 ソファーに座って足をバタつかせていた舞川さんが、クルンっと体をこっちに向ける。


「中学の卒アルってないのー?」

「え? あるにはあるけど」

「卒業アルバムがどうしたのですか?」

「人の家に来たら、卒アルを見るのが定番でしょー」

「……どういう定番?」

「まあーいいから、いいから、見せてよ~」

「あっ、あたしも見たーい」

「えぇ……」

「ダメですよ! ここに来たのは勉強するためなんですから」


「「ええぇーっ」」


 そんな会話を挟みつつ、コップにオレンジジュースを注ぎ入れ、おぼんの上に乗せた。そして、それらをテーブルの上に並べると、真ん中に柊木さんのお菓子が置かれた。


「ねーねーにぃーたん。このほん、なーに?」


 鈴が指さしたのは、僕がカバンから出した数学の教科書だった。


「ああぁ、これはお勉強をするための本だよ」

「おべんきょー?」

「あははっ。鈴ちゃん、最後は伸ばすんじゃなくて『う』だよっ」

「お……おべんきょ……う?」

「ピンポーンっ♪」

「さあ、これより、勉強会を開催します!」


 委員長の声を合図に、勉強会の幕が上がった。

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