第10話 舞川さんのお願い

 昼休みも終わりに近づいた頃、


「もりり~んっ、ことと~んっ」


 食堂から戻ってきた舞川さんが急に顔の前で手を合わせた。


「ん?」

「な、なんですか?」

「実は、二人にお願いがあるんだけどー」

「お願いですか? 私達に?」

「うんっ!」


 ――お願いか……なんだろう……

 ――嫌な予感がするのは、気のせいでしょうか……


「二人が協力してくれれば、鬼に~……えっとーなんだっけ?」

「鬼に金棒……」

「そーそーっ! それ~っ♪」


 と言いながら大振りを披露する舞川さん。


 可愛い声なのに、物騒に聞こえるのは何故だろう。


「……で、お願いというのは……」


 と委員長が言った瞬間、舞川さんは涙目になって言った。


「二人にねっ、数学を教えて欲しいんだよ……っ!」


「「数学?」」


 話を聞くと、どうやら前回の数学のテストで赤点を取ってしまい、もし明日の小テストで赤点を取ってしまった場合、居残りで大量の問題プリントが出されることになったらしい。


 ようするに、赤点を回避するために力を貸して欲しいというわけだ。


「助けて~、お願~いっ」


 委員長に抱き着き、胸元におでこを擦りつける。


「頼れるのは二人だけなんだよー!!」

「っ!! 他の人が見ていますから、離れてください……っ!」

「二人がいいって言うまで離れない~」

「なっ!? もっ、森野君、助けてくださいっ!」

「え。えーっと……」


 ――…僕にどうしろと……


「……舞川さん、委員長が困っているみたいだから――」

「えぇーん、えぇーん」


 ――うわっ、わざとらしい……。


「あ、あのさ……」


 すると、今までこの様子を見ていた柊木さんが、珍しく小さな声で言った。


「あたしも、その……勉強を教えて欲しいというか……」


 そう言ってポリポリと頬をかく柊木さん。


「……柊木さんたちは、毎回ちゃんとノートを書いているんですよね?」

「うんっ」

「なら、それを見ながら勉強すれば――」

「それがダメなんだよねー」

「え?」

「アタシら、ノートを書くだけだからさっ!」


 と言ってキランッと白い歯を見せてきた舞川さんだが、正直なところ全くカッコよくなかった。……口には出さないけど。


 ……まあ、書いて満足しちゃう気持ちはわからないでもない。


「「………………」」


 ――どうします?

 ――どうしようか?

 ――私は別に構いませんが、森野君は?

 ――力になるかはわからないけど、僕でいいなら……

 ――じゃあ、決まりですね……


「いいですよ。私たちでよければ」

「マジっ!? やったー!」

「二人ともありがとーっ!!」


 大喜びでハイタッチを交わす二人。


 ――さて、どうなることやら。






 放課後。


 柊木さんの席を中心に集まると、早速、勉強を始めるために筆記用具を並べようとしたのだけど。


「もりりんは、どこがいい?」

「え。ここじゃないの?」

「…………こととんは?」


 ――あれ? 今、スルーされた?


「森野君と同じく、私も教室を使った方が集中できると思います!」


 キラキラな瞳が舞川さんをとらえて離さない。


「…………恋〜、どこにしよっかー」

「え、私の案は無視ですかーっ!?」

「どこにしよっかねぇー」

「柊木さんも!?」


 二人は委員長の視線からそっと顔を逸らす。


 ――ふ、二人とも……。


 あの反応だけで却下きゃっかだということがわかる。


「うーん……教室かぁ……」

「授業以外で勉強しようって気にはならないんだよねー」

「あぁー、わかるっ」


 ――わからないでもないけど、教室でやるのが一番いいと思うよ……?


 わからないところを先生に聞きに行けるし。


「どうしよっかー? 早く決めないと時間なんてあっという間に経っちゃうよ」

「だなー。二人は他にないの?」


「「え、うーん……」」


 中々決まらず、僕と委員長が唸っていると、突然、舞川さんが両の手のひらを叩いた。


「あっ。いいこと思いついちゃった~♪」




 舞川さんがパァッと明るい表情を浮かべたとき、それは…………。

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