第9話 揺れている『あれ』

「もーりりんっ♪ おっはよー!」


 僕がカバンから筆箱やノートを机の上に出していると、前の扉が勢いよく開き、舞川さんが教室に入ってきた。


「お、おはよう……舞川さん」

「? もりりん、元気ないっぽいけど、なにかあったー?」

「べ、別に、なにもないよ……」


 と言ったが、本当はないわけじゃない。


 ――ここ最近、舞川さんが何かと僕に絡んでくることを除けば……。


「もりりん、ごめんねー。なんかアタシ、もりりんのノート借りたまま持って帰っちゃったみたい」

「そ、そうなんだ」


 ――どうりでノートが見つからなかったわけだ。


「はいこれっ、今回も助かったよー♪」

「お役に立てたのならよかったよ……っ」


 無くしたと思っていたノートを受け取ると、


 ――もりりん?

 ――もりりんだってよ……

 ――もりりんねぇ……


 周りの方からヒソヒソ話が聞こえた。


 ――はぁ……いつまで続くのやら。


 心の中でため息を吐いていると、


「――おは~……。ふわぁ……」


 前の扉の方から聞こえてきた気怠げな声の主、柊木さんが、手を口に当てて欠伸をこぼしていた。


「恋、おはよーっ♪」

「…………はよ」


 ここまで朝のテンションが違うとは……。


「あぁー……ねむい……」

「ねぇねぇ、これ見て~っ」

「ん……?」


 目元を指で擦る柊木さんの前に、舞川さんがカバンから出したのは、一冊の雑誌だった。


 表紙的にファッション雑誌のようだけど。


「……えっ!? なんでそれ持ってんの!?」


 驚いた顔の柊木さんに、舞川さんが胸を張って言った。


「ふっふっふーん。アタシにかかれば、これくらい余裕〜余裕〜っ♪」

「それ、発売してすぐに売り切れたから、今じゃどこにも売ってないのにっ!」


 さっきまでのテンションはどこに行ったのやら。


 柊木さんはカバンを自分の机の上に置くと、舞川さんと一緒に雑誌を見始めた。


「あ、このプリーツスカート可愛いっ♪」

「こっちのシャツよくなーいっ?♪」


 ページを捲るたびに、会話の盛り上がりが増していく。


 ――なんだか、いいな。


 楽しそうな二人を後ろの席からぼーっと眺めていると、


「………………」


 ――ん? ……あ。これは……離れていた方がいいな。


 どうやら、その直感は当たっていたようで。


「「…………ん?」」


 ページから顔を上げた二人の前には、怒りのオーラを纏った委員長が立っていた。


「それは……没収ですっ!」


 委員長は机の上に手を伸ばすと、広げていた雑誌を取り上げた。


「「へっ?」」


 呆気に取られて『へっ?』以外の言葉が出てこない二人だが、もちろん、このまま黙っているわけもなく……。


「えぇぇぇーっ!! ことと~ん、それアタシの~っ!」

「誰の物であろうと、ダメな物はダメです!」

「いいんちょー、キビシすぎ~。てか、まだ授業前なんだしよくな~い?

「そうだそうだーっ。ブウゥ~ッ」


 抗議する二人だが、委員長には明らかに通用していない。


 子供対大人だな、これは。


 すると、プクっと頬を膨らませた舞川さんの目が一瞬キラリと輝いた。


 ――あの不敵な笑みは……


「こっとと~ん♪」

「な、なんですか?」


 嫌な予感がしたのか、後退あとずさる委員長だったが、それを逃すまいと前に出る舞川さん。


 そして、おもむろに顔を耳元に近づけると、囁くような声で言った。




「――スカート、捲れてるよ♡」




「っ!!? ……も、もうその手には乗りませんから!」


 一度騙されていることもあって、二度目は無いと踏んでいるのだろう。


「ウソじゃないよ~。こととんのためを思って言ったんだけどな~」

「さあ、どうですかね」


 と言いつつも気になる委員長は、チラッと確認すると、


「…………~~~~~~ッ!!!???」


 スカートの裾が思いっ切り捲れていたことに気づいた。


「あ……ああぁ……ッ」


 下着はギリギリ見えないが、太ももがあらわになっている状況に、委員長の顔が沸騰したマグマのように赤く染まる。


「「アハハハッ♪」」


 耳まで真っ赤な委員長を見て、二人はお腹を押さえて笑い声を上げていた。


「くっ!! …………あ」


 悔しそうに拳を握る委員長はなにかを思い出したのか、自分の席から体操服を手に取った。


 ――そっか、一限目は体育だ。


「体育かー、ダリぃー」

「今日ぐらいサボっちゃうー?」

「いけませんっ! ほら、早くしないと体育に遅れてしまいますよ!」


 ――すご~くわかるよ、わかる。


 どうして一限目からあるのか。眠いし、ダルいし、朝だから余計に行く気も起きない。


 しかし、授業に出ないのはさすがにマズいので仕方ない。


「はぁ……」


 周りを見ると、いつの間にか僕たち以外のクラスメイトの姿はどこにもなかった。


 ――行くしかない、か。


 ……ちなみに、


「ことと〜ん、アタシの雑誌〜」

「ダメですっ!」


 体操服の用意をしている間も、舞川さんの抗議は続いていたのだった。






 今日は外が雨ということで、体育館の真ん中に大きなネットが引かれ、半分のコートを使用することになった。


 男子はバスケ、女子はバレーだ。


 ――バスケか……。


 団体競技をする上で避けられないことがある。それは、チーム分けだ。


 まあ今回は出席番号順で分けられたけど、一刻も早く良好な関係を築けるクラスメイトを見つけなければならない。


 ――今、印象が悪いから、簡単にはいかなそうだけど……。


 そんなことを考えていると、最初の試合が始まるため、後のチームになった生徒は体育館の端の方で待つことになった。


 ちなみに、僕の運動神経は普通。器用ではないが不器用でもないと言ったところだ。


 ――いいよなっ!

 ――おいっ、あれ見ろよ!


 ……ん?


 同じチームになった男子生徒二人が、女子たちの方を見て何やら盛り上がっていた。


 二人の視線を追うと――――――…ボヨンっ♡


 ボールをトスした舞川さんの……胸が揺れていた。


 ――おぉ……っ!

 ――すげぇー!


 周りをよく見ると、他の生徒たちも釘付けになっていた。人によっては感嘆の声を上げている。


 揺れるものに弱いんだ、男の子は……。


「アタァァァークッ!」


 そのとき、タイミングよくジャンプした柊木さんが凄まじいスパイクを打った。それによって、舞川さんほどではないが大きい方の胸がプルンッと揺れた。


「「「「――おおおぉぉぉぉぉっ!!!」」」」


「…………っ」


 柊木さんとハイタッチをした舞川さんは、一瞬こっちを見ると、柊木さんの肩をつんつんと叩いてこっちを指さした。


「……え?」


 どうやら、僕がじっと見ていたことがバレてしまったらしい。


 柊木さんは左腕で胸を抱きしめると、片目を閉じて舌先を出し、『べー』としてきたのだった。


「…………っ!!」


 その可愛らしい仕草に、思わずドキッとしてしまう僕であった……。

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