第8話 舞川さんは勘が鋭い

 ある日の放課後のこと。


れん、カラオケ行こーっ!」

「バイト入ってるから今日はパス」

「ええぇー。アタシとバイト、どっちが大切なの!!」

「バイトでしょ」

「ガーンっ」


 ジト目の舞川さんはぷくっと頬を膨らませる。


「カラオケ〜カラオケ〜!!!」

「はいはい、カラオケは今度行こうねぇー」


 おもちゃ売り場で駄々をこねる子供のような舞川さんを、サラリとかわす柊木さん。


「むぅー。あっ、れん、カラオケってなんの略か知ってる~? 答えられたら、今回は我慢するっ!」

からオーケストラでしょ?」

「…………なんでそーゆーことは知ってるかなー」

「じゃ、カラオケはまた今度ってことで」

「しょうがないなぁー。でも、どーしよー、暇だなぁー」

 

 そう言いながら、腕を前で組んで唸っていると、ふとポンッと手を叩いた。

 

「そうだっ! ねぇ、恋~」

「ん?」

「アタシも行っていいー?」

「え、なんで?」

「またまた〜とぼけちゃって〜♪」

「いや、別にとぼけてないけど」


 柊木ひいらぎさんは手を横に振るが、舞川さんは止まらない。


「てか、どうして行きたいわけ?」

「えへへっ。バイト先がどんなところか気になるし、真面目にやってるか一度見てみたいなぁ~ってね♪」


 と言って僕の方を見ると、ニヤッと笑みを浮かべた。


「もりり~ん」

「ん? …………っ!!」


 前屈みになることで、シャツの隙間から谷間が……


「もりりんも、一緒に行くよね?♪」

「え?」

「行くよね……?♡」


 ――そ、そんなワザとらしく見せてきても、ぼ、僕は……


「……行きます」

「じゃあ~決まりだねっ♪」

「は、はいー? …………森野」


 ――け、決して、あの誘惑に惑わされたわけじゃないんです……。


 と心の中で呟く僕の額からは滝のような汗がこぼれる。


 すると、舞川さんは、黒板をキレイにしていた委員長の肩にポンッと手を置いた。


「ことと~んっ♪ いいところにいたぁ~」

「舞川さん……? え、今の『こととん』というのは……わ、私のことですか?」

「うんっ♪」


 聞き慣れない言葉を聞いて、委員長はポカンと口を開けている。


 ――わかるよ。僕も最初はそうだったから。


「こととんも行くよね?♪」

「ど、どこにですか?」

「ふふふっ、それは行ってからのお楽しみ~っ」


 舞川さんは委員長の手を引いてニマっと笑みを浮かべると、腕を高く突き上げた。


「よぉーしっ! それじゃあ行ってみようー!」


 完全に巻き込まれる形の委員長は、さっきと変わらず口を開け続けていたのだった。






 それから学校を出た僕たちは、柊木さんのバイト先である喫茶ヒマワリへとやってきた。


「はぁ……。なんでこうなるかなー……」


 ため息が止まらない柊木さんを先頭に店の中に入ると、いつもと変わらないコーヒーのいい香りに包まれる。


 ――ほんと、落ち着く……。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは、マスター」


 僕が挨拶をすると、カップを拭いていた手を止めてマスターが顎髭を撫でた。


「おやおや、女の子を三人も引き連れてくるとは、やるじゃないか」

「ち、違いますよ! どちらかと言うと、連れてこられたのはこっちというか……」

「そんじゃあたしは着替えてくるから、適当なところに座っててよ」


 言い分を述べている僕の横を通って、柊木さんはお店の奥に行ってしまった。


「もりりん、早く座ろー。ほら、こととん行くよーっ」


 ここに立っていても仕方ないため、僕たちはテーブル席へと向かった。


 ……。

 …………。

 ………………。


「へぇー。もりりん、この店の常連さんなんだー」


 と言いながら、舞川さんは口元に手を当ててニヤッと笑った。


 ――あの顔は……


「な、なに?」

「ううん、なんでもなぁ〜い。さて、なに頼もっかな~、おおぉーっ!」


 舞川さんはメニュー表に目を通すと、子供のように目を輝かせた。


「あ、あのー……」

「委員長、どうしたのー? もしかして、メニュー表見たい? ちょっと待ってね、今決めるからっ」

「い、いえ、そういうわけではないのですけど……。ただ、どうして私がここにいるのかなと思いまして」

「まあーまあーいいじゃん♪ 大勢の方が楽しいしっ!」

「そ、それはそうですけど……。あっ、ありがとうございます」


 まだ困惑気味のようだが、注文する品を決めた舞川さんからメニュー表を受け取ると、目の色が変わった。


「うーん……」


 唸り声を漏らしながら、メニュー表とにらめっこを繰り広げている。


 そして、しばらく長考が続いた後、


「決めました。森野君は?」

「僕はいつも同じものを頼むから」


 その後、マスターがお水の入ったコップをテーブルの上に置いていると、奥からお店の制服に着替えた柊木さんが出てきた。


 シンプルな白シャツとお店のロゴが入ったエプロンがよく似合っている。


 ここだけの話、柊木さんのポニーテール姿を見られるのは、彼女がこのお店でバイトしているときだけだ。


 だから、とても貴重――


「へぇー、なかなか似合ってんじゃーんっw ほらほら、お客様が待ってるんだから早く注文取ってよー」

「くっ……!!」

 

 悔しさ全開の視線が向けられていても、舞川さんは気にする様子もなくメニュー表を捲っていた。


「……で、注文は?」

「ご注文はいかがなさいますか? でしょw」 

「うっ。ご、ご注文はいかがなさいますか……っ?」


 内なる怒りを抑え込もうとしているのが、その表情から伝わってくる。


 ――柊木さん、絶対に怒ってる……というか、


「そうだなー、じゃあーメロンソーダフロートと特製パフェちょうだ~いっ」

「か、かしこまりました……っ」


 ――もうキレてる……!?


「……森野は?」

「!! ぼ、僕はカフェオレを……」


 と言ってチラッと横を見ると、


「うぅーん……モンブラン……フォンダンショコラ……あ、ショートケーキもいいですねー……」


 委員長が腕を組んで自問自答を繰り返していた。


 ――頑張れ、委員長っ!


 三人の視線が向けられる中、委員長が選んだのは…――




「アイスティーをお願いします」




 いやっ、ケーキは頼まないのかいっ! とツッコミを入れてしまいそうになったが、何とか堪えた。


 そんなこんなで注文を取り終えると、柊木さんはカウンターに行ってしまった。


「どうしたのー?」

「え。いや、なんでも……あ」


 ――柊木さんのことを知るチャンスだっ!


 ちょうど柊木さんはカウンターの方にいるし、聞くなら今だ。


「舞川さん、一つ聞いてもいいかな?」

「アタシに聞きたいこと? なになに~?」

「えっと……その……」


 しかし、いざとなると、なにを聞くか一つも考えていなかったのだった。


 ――なにを聞けば……


「もりり~ん?」


 ――趣味? 好きな食べ物? それとも…………す、好きな男性のタイプ?


「……はは~ん。さては、れんのことを聞きたいのかな~?」

「ッ!!? ど、どうしてそれを……っ!?」

「やっぱりー♪ アタシ、そういうのには勘が鋭いタイプなんだよねー♪」

「…………っ」

「? 柊木さんがどうしたのですか?」


 首を傾げながら尋ねてくる委員長。


「な、なんでもないよ?」

「ねーねー、恋のどこを見て好きになったのー? おっぱい? お尻? おっぱい?」

「そ、それは……」


 ――今、サラッと二回同じことを聞いてこなかった?


「――お待たせしました、お客様ッ」

「!!?」


 慌てて顔をバァッと上げると、トレイを持った柊木さんが立っていた。


「………………」


 ――もしかして、聞かれてた……?


「……こちらがご注文のメロンソーダフロートと特製パフェ、カフェオレ、アイスティーになります」


 滑らかな口調で説明をしながら、無駄のない動きでテーブルに次々と品が並べられる。


 そして並び終えると、


「……食べたら帰ってよね」


 と言い残して、カウンターへと戻って行った。


 ――はぁ……。


 どうやら僕たちの話は聞かれていなかったようだ。


 ホッと息を吐くと、メロンソーダの上に乗ったアイスを専用のスプーンでかき混ぜていた舞川さんが「ふふっ」と笑った。


「惜しかったね」

「…………っ!!」


 舞川さんは、アイスティーに夢中になっている委員長を一瞥いちべつすると、僕の耳に顔を寄せてそっと囁いた。


「楽しませてくれたお礼に、もりりんに一つだけいいことを教えてあげる♡」

「……いいこと?」

「…――ああ見えて、実は恋って……ウブだったりするんだよ……♡」

「え」

「男友達はおろか、カレシの一人も……ねっ♡」


 舞川さんは僕から顔を離すと、手に持っていたスプーンでアイスをすくった。


「うう~んっ♪ おいし~い♪」


 ………………。


 人は見かけに寄らないとはよく聞くけれど。


 ――あの柊木さんが……まさか……ねぇ。

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