第7話 困惑のもりりん

 その日の放課後。


 駅前の本屋での買い物を終えて外に出ると、


「ねぇーいいでしょー? 近くの店でお茶でも飲みに行こうよ~」

「ぜんぜん興味なぁーい」


 ――ん? あれは……


「てゆーか、サッサと離れてくんなーい?」


 ――聞き覚えのある声がしたと思ったら、舞川さんだ!


 チンピラに絡まれているのか、ウンザリした顔で道を進んでいる。


「そう言わずにさぁー。俺こう見えて腕っ節は強い方だから、いざというとき守ってあげるよ……って、待ってよー」


 舞川さんは面倒臭そうな顔で距離を取ろうとするが、相手がすぐに距離を詰めてくる。


 それにしても、とんでもない場面に遭遇したものだ。


 後を追いかけてみたものの、さて、これはどうしたものか。


 と考えを巡らせていると、


「クッ……待てって言ってんだろッ!!!」


 と言って腕を強引に掴もうとしたが、舞川さんはその手を躱した。


 その行為によって、彼女の表情は完全に不機嫌そのものになった。


「アタシさぁ……アンタみたいな男が一番嫌い――――あっ」

「……へっ?」


 なにかを言おうとした舞川さんの視線が、こっちに向けられる。


 ――これは……典型的な巻き込まれるパターンなのでは……


「ダァ~リ~ン♪ アタシを迎えに来てくれたの~? うれしい~っ!!」


 駆け足で僕の方へとやってくると、ぎゅっと僕の腕に抱き着いてきた。


「…………っ!!?」


 驚きでつい声を上げてしまいそうになる。


 柊木さんとはまた違う暴力的な大きさと未体験の感触に、頭がパンクしてしまいそうになる。というか、もうパンクしていた。


「誰だおめぇ? 勝手に邪魔すんじゃねぇよ」

「え……えぇ?」


 ドスの効いた声を上げたチンピラに対して、舞川さんは一言だけ告げた。


「誰って、アタシの……カ・レ・シ♪」


 明らかにバレバレな噓を吐くと、絡めている腕にさらに力を入れた。


「ま、舞川……さん?」


 当の本人は、ニコッと可愛らしいウインクをするだけ。


 ――…なんとなくだが察しがついたぞ。


 恐らく、僕が彼氏だと言ってこの場を乗り切ろうという作戦だな。


 背中の冷や汗が止まらないが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 ――やるしかない。えぇーい……もうどうにでもなれっ!!


「お……俺の……」

「あぁん?」

「……俺の女に、勝手に手を出してんじゃねぇよ……っ!!!」


 ――い、言っちゃった……。


 外だというのにしーんとした静寂が流れる。


 遠巻きに僕たちの様子を見ていた人たちが、ポカーンっとした顔でこっちを見てくる。それは、見て見ぬふりをして横を通り過ぎようとしていた人たちも同様。


「…………っ」


 すると、腕に抱き着いていた舞川さんが、意外なものを見るような目でこっちを見上げている。


 ――あ、あれ? これでよかったんだよね……っ? そうだよね……っ!?


「はぁ? 彼氏? お前みたいなのが?」

「ああぁ……えっと……」


 ――次の……次の策を考えないと……


 と、頭の中がパニックになっていると、舞川さんが腕を絡めたまま一歩前に出た。


「ふふっ。アタシは、これだけアタシのことを想ってくれる人がいいの。だから、帰った帰った~。――シッシッ」

「クッ……。へっ、彼氏持ちかよ」

 

 そう言って一度こっちを睨むと、何も言わず去って行った。


「…………はあああぁぁぁぁぁぁぁ」


 吐けるだけの息を吐くと、空いている方の手でトントンと肩を叩く。力を入れっぱなしだったのか、今になって痛みが出てきた。


 そして胸に手を当てると、心臓がバクバクと鳴っているのがわかる。


 省エネ思考なのに、このままじゃ体がいくつあっても足りない。


 じーーーーーっ。


「……ん? な、なに?」

「アタシ……ちょっとトキめいちゃったかも~っ♡」

「へっ?」

「えへへっ♪」


 ……よくわからないが、もうこんな役はごめんだ。






 次の日。


 チャイムの音と共に休み時間が始まると、


「森野~。悪いんだけどノート見してくんない? あのせんせー、人が書いてるっていうのにすぐ消すからさー」


 と言って顔の前で手を合わせた柊木さんに、僕は書き終えたばかりのノートを渡す。


「さんきゅ~♪」

「あ、恋〜。それ写し終わったら貸して〜。いいよね――――もりりんっ♪」

「え、あ、うん。いいけど……って、も、もりりん……?」


 初めて聞く言葉に、僕はつい聞き返す。


「なんて呼ぶか決めてなかったから、これからはこぉ~呼ぶねっ♪」


 ――よ、呼ぶの……?


「ねぇっ、可愛いでしょ?♪」

「そ、そうだね……」


 ――もりりん、か……。


「へぇー、亜里沙があだ名をつけるなんて珍しくない? どうしたの?」

「ナ・イ・ショ♡」

「あっやし~い」

 

 ニヤニヤしながら、僕たちを交互に見てくる柊木さん。


 ――な、なにもないからね……っ!?




 その後に聞いた話だけど、柊木さん曰く、舞川さんは自分が気に入った人しかあだ名で呼ばないとのことだ。


 嬉しいやら何やら。


 どうして気に入られたのかはわからないけど、まあいっか。

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