第5話 ギャルと委員長

 次の日の朝。


 ――まずは情報収集からだ。やるぞ……っ。


 扉を開けて教室に入ると、


「――でさぁ~♪」

「うわぁ、マジ~?」


 僕の座った柊木さんが、前の席に座った女子生徒となにやら楽しそうにお喋りをしていた。


 その女子生徒というのが……


「マジマジ〜っ」


 ――お、おおぉ……っ。


 茶目っ気のある童顔とは裏腹に、その容姿はどこもかしこも派手はでだった。


 窓から照らされた日差しで輝く、黄金色こがねいろのツインテール。

 丁寧に塗られたピンクのネイル。

 首にぶら下がっているだけのゆるゆるのリボン。


 そしてなによりも、今にも弾き飛びそうなシャツのボタンと、その隙間から覗く深すぎる谷間が目を引く。


 ――あ、あれは……っ。


 柊木さんと喋っていたのは………………“ギャル”だった。


 ――でも、あんな子、このクラスにいたっけ……?


 あれだけ目立てば、普通気づくはずだけど。


 ――あの席って……確か、昨日は誰もいなかったはずだ。じゃあ、あの子が……?


「――なんだって~」

「アハハハッ! マジウケるんですけど~w あ、森野じゃん、おっは~♪」


 僕に気づいた柊木さんが手を振った。


「お、おはよう……」


 返さないわけにもいかないため、控えめに振っていると、周りの視線が向けられた。


 所々から小さな声がいくつも聞こえてきたが、敢えてそれには反応しない。反応すれば、それはそれで面倒になりそうだからだ。


 ――変な噂って、こうやって広まるんだな……。


 高校生活が始まって僅か二日目、僕の平穏は去ってしまったのかもしれない。


「――ねぇ、ねぇーってばっ!」

「っ!? な、なんですか!?」


 慌てて顔を向けると、柊木さんが手を叩いて笑った。


「急に大声なんか出しちゃってウケる~w」

「…………っ」

「ああぁ~、やっぱ面白いわ~」


 ――もしかして、今……からかわれた?




「ねぇ~。この人、だーれぇ~?」




 ――あ。


「ほら、昨日電話してたときに言ったじゃん。面白いやつがいるって」

「そーだっけ?」


 彼女は、腕を前で組んで考え込む姿勢を取ったのだが、


「…………っ!!」


 胸が下から持ち上げられたことで、ついそこを見てしまいそうになる。


 ――き、危険だ……っ。


「うぅ~ん……言っていたような~、言ってなかったような~」

「それ完全に忘れてるっしょw」


 笑い声を上げる柊木さんと入れ替わるように席に着いたのだけど。


「…………っ」


 イスから伝わってくるほのかな体温に思わず心臓が高鳴る。


 心拍数がとんでもない値を出しているのは、まず間違いないだろう。


「ふぅーーーん」

「っ!! な、なに……?」


 彼女は体をこちらに向けたまま、イスの背もたれにその大きな胸を乗せた。


 ――お、おぉ……。


 つい心の中で声を漏らしてしまうほどに圧巻な光景だった。


 シャツ越しとはいえ、ブラの形がくっきりと浮き出ている。


 ――なんて大胆な……。


 重いから乗せているのか、それとも見せつけるために乗せているのか、はたまたただの天然か。


 この謎は、そう簡単には解けないようだ。


「へぇ~。真面目そうに見えて、結構ムッツリなんだねっ♡」

「え……ムッツ……っ!!?」

「アハハハッ♪」

「…………っ」


 急に顔が熱くなって、恥ずかしさがこみ上げてくる。


「ふっ。アタシ、舞川まいかわ亜里沙ありされんとは中学のときからの仲なんだっ、よろしくねっ♪」

「え、あ、森野です……よろしく……っ」


 キーンコーンカーンコーン。


 予鈴よれいのチャイムが鳴り響くと、彼女はニヤッとした顔で体を前に向けた。


 ――僕、この子、苦手かもしれない……。






 キーンコーンカーンコーン。


「恋、食堂行こ~っ」

「おっけー」


 昼休みが始まると、柊木さんたちはお弁当を持って教室を出て行った。


 一瞬、誘われるかな……なんて淡い期待をした自分が恥ずかしい。


 ………………………………………………。


 ――き、気まずい……。


 朝の出来事によって、クラスメイトの間で様々な憶測が立っていた。


「はぁ……」


 教室で食べようと考えていたけど。このままだと嫌でも話が耳に入ってきそうだ……。


 ――仕方ないか……。


 僕はお弁当を持ち、教室を出た。






 ――良からぬ噂が立たないように、気をつけないと……。


「……さて、どこで食べようかな……」


 一人寂しく廊下を進みながら考えていると、他の教室から明るい声が聞こえてくる。


 ――うっ……。教室がダメなら、食堂? ……でも、一人で入る勇気は……ない。


「はぁ……」


 とため息をこぼしながら階段を下りようとしたとき、




 ガチャリ――




「……ん?」


 顔を上げると、上の階へと続く階段が目に止まった。


 ――今、上の方から音が……


 上の階だから屋上なのはわかるけど、確か学生の立ち入りが禁止だったはずだ。


 ぐぅううう~~~。


「…………っ」


 どうやら、お腹はそろそろ限界らしい。


 ――教室と食堂以外となると、ダメ元で行ってみるか。


「誰も……いない。よしっ」


 周りを一度確認してから階段を上がると、できるだけ音を立てずに扉を開けた。


「眩しっ……。だ、誰か……いますか……」


 太陽の光が照り付ける屋上を見渡すと、




「………………」




 ――あ、いた。


 転落防止用のさくの前に置かれたベンチに、一人の女子生徒の姿があった。


 ――もしかして、あの子が……?


 お手本のような制服の着こなしと、ピンと背筋が伸びた綺麗な姿勢。肩に毛先が触れる黒髪にはツヤがあり、手入れが行き届いているのがわかることから、彼女の育ちの良さが表すには十分だった。


「――ふふっ」


 彼女は、膝の上に広げた花柄のランチクロスの上、わっぱのお弁当箱に箸を伸ばす。


 そして、玉子焼きを迎えようと口を開けたとき、チラッとこっちを見た。


「………………」

「………………」


 それから少しの間、無言のまま見つめ合っていると、

 

「あなたは……同じクラスの森野君ですね?」

「え。そ、そうだけど」


 ――どうして僕の名前を?


「えっと……どこかで会いましたっけ……?」


 第一声に自分の名前が入っていたことに驚き、聞き返す。


「話したことはありませんが、教室でよく見かけますよ」

「教室? …………あ」


 ――思い出した。


「委員長……さん?」

「はい、正解です」


 と言って頷く彼女の名前は、宮城みやぎ琴音ことね


 クラスで委員長を決めるとき、誰もやりたがらなかった中、率先して手を挙げたのが何を隠そう彼女だった。


 ――そんな人がどうして屋上に……?


「……もしかして、森野君も一人ですか?」

「え。そ、そうだね……って、森野君『も』……?」

「あははは……」


 僕の目には、彼女の苦笑いが全てを物語っているように見えた。


 ――委員長『も』僕と同じ……ということか。


「えっと……ごめん……」

「きゅっ、急に謝らないでください!」


 気を遣われたことが余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めている。その顔が真面目なイメージとかけ離れていたことに、思わずギャップを感じた。


 ――これが俗に言う、ギャップ萌え?


「……あ、お邪魔してごめん。僕は他のところで――」

「あ、あの! よかったら、その……」


 と前置きしてから、彼女は言った。予想もしていなかった“提案”を――


「お弁当、一緒に食べませんか?」


 …………ん?


「私は、どうにも人付き合いというものが苦手でして……」

「ああぁ……分かるよ、その気持ちすっごくわかる」

「え、森野君もですか?」

「うん……」




 それからというと、ベンチに並んで座った僕たちは、緊張のあまりこれといった会話もなく、ただお弁当を食べ進めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る