第4話 これは夢なんかじゃない

 ――僕の聞き間違いかな……。今……


『あんたさ、もしかして…――――――あたしに一目惚れした?』


 ……って、言っていたような……。


 ――森野……もしかして……あたしに……一目惚れ……


 今のワードをパーツごとに分けたはいいが、自分の中で理解するのに時間を要した。


「うぅーん………………ええぇッ!!!???」

「あれ、違った?」

「いや……えっと……」


 ――違ってません! 大正解です! ……まさか、気づかれていたなんて……。


「ど、どうして……そう思うの……?」


 すると、彼女はテーブルに頬杖をついて言った。


「朝からずーっとあたしをイヤらしい目で見てたからに決まってるじゃん」

「……え? イヤらしい目……?」

「授業中とか休み時間のときとか、帰りのホームルームのときも、あたしの方ずっと見てたじゃん」


 ――そうなのかな……?


 逆に見過ぎないように気を付けていた方なんだけど。


「な、なんのことだかさっぱり……イヤらしい目で見ていただなんてそんな……」

「そうかな~? そう言う割には、おでこから滝みたいな汗かいてるじゃん」


 と言いながらじーっとこっちを見つめてくる。


 彼女の中では、恐らく確信があるのだろう。


 ――僕が、そういう目で見ていたと……。


「ほんとは、あたしのことが気になって気になってしょうがなかったんでしょ?」

「えぇ……あぁ……」

「こんな見るからにチャラチャラしたギャルの、どこがよかったの?」

「っ……す……すみませんでした……ッ!!!!!」


 僕はひたいを強くテーブルに押し付けた。


 ここは勢いと誠意で反省を表した方がいいと思ったのだ。


「ほら、やっぱり見てたんじゃん」

「…………っ」


 頬杖をついたままその様子を見ていた彼女は続けて言った。


「まぁ、見られていたからって別に気にはしないけど、さすがに見過ぎかな」

「……以後、気をつけます」

「……なら今回だけは許してあげよっかな~」


 僕が恐る恐る顔を上げると、彼女はニコッと笑いスプーンの上に乗ったアイスを堪能する。


「………………」

「? なに?」

「べ、別に……」


 彼女は首を傾げると、アイスを見て「ふふっ」と笑った。


「ほらっ、特別に一口だけあげるっ」

「……えっ」


 口からポツリと声が漏れる。


 ――これって、もしかして……夢? そうだよね……?


 それを確かめるために頬を指でつねる時間も与えず、一口分のアイスが乗ったスプーンがこちらに向けられる。


「はい、あ~ん」

「…………っ!!」


 ――い、いいの!? ほんとに……!?


 一瞬、期待に胸を膨らませたが、ふとあることに気づいた。


 ついさっきまで、あのスプーンを彼女が使っていたことを……。


 ――ということはつまり……こ、これは……まさか、か、間接キス……っ!?


「………………」

「ほら~、早くしないと溶けちゃうぞー」

 ニヤニヤしながら催促してくる柊木さん。


 確かに、このままだとせっかくのアイスが溶けてしまう。


 ――こ、こうなったら……っ!!


 心の中で決意し、口を開けた瞬間――――――アイスが消えた。


「え」


 スプーンがあったのは、彼女の口の中だった。


「んん~っ! 美味しい~~~っ♪」


 ――ああぁ……。


 彼女はぺろりと舌で唇を舐めると、ニヤッと笑った。


「はいっ、ざんね~んっ♪ あはははっ!」


 同い年のはずなのに、まるで彼女の手の平で弄ばれているような、この感覚は……。


 ――あ。あのときと同じだ。


 彼女に、心を射抜かれたときと――。






 それから数時間後。


 二人揃ってお店を出た頃には、外はすっかり夜の景色に変わっていた。


「んん~~~っ!!」


 涼しい風が頬をなぞる中、柊木さんがグッと腕を夜空に伸ばす。


「はぁ……」


 楽しい時間を過ごしたはずなのに、どうしてため息を吐いているのか。


 その理由を説明するには、少し時をさかのぼらなければならない。


 ――そう。あれは、つい一時間前のこと……。


『ところでさ、さっきからマスターと楽しそうに喋ってるみたいだけど、知り合いなの?』

『う、うん。昔からの行きつけのお店だから……』

『ふぅーん、つまり顔馴染みってことか。いいね、そういうの』

『え?』

『あたし、そういう店ないからさー。だから、ちょっとうらやまーって感じ?』


 ………………。


 ――なんだろう。すごく嬉しい……っ。


『えっと……どうしてここでバイトを?』

『そりゃあ、お金を稼ぐためでしょ。おしゃれにはなにかとお金がかかるからさー。男にはわからないと思うけど』

『あ、あははは……そうかもしれないね……』


 ――ぐぅのも出ない。


『下着の一つにしても、ちゃんとしたブラをつけておかないと胸の形が悪くなっちゃうし。でもそうなると、高いブラを買わなきゃいけなくなるし、そもそも――』


 彼女の口は止まることなく動き続ける。 


 普段話すスピードが遅い方の自分には、明らかに早口の部類に入っていた。


「あ、あの……」

「ん? なに?」

「えーっと……」


 ――どうしよう……。


 話を止めたのはいいけど。その後のことをなにも考えていなかった。


 ――取り敢えず、ここは一旦、好きな食べ物を聞いて……


『……す、好きな食べ物とか、あったりしますか?』

『好きな食べ物? あるけど、どうして?』

『いや、ただ聞いてみたいなと思いまして……』

『ふーん。そうだなー、クレープと~キャラメルフラペチーノと~家系ラーメンの特盛で麵固め油増し増しネギ多めと~…――』


 途中から路線が横にずれていっているような気が……。


 ――まぁ、いいか。


『って、感じかなー』

『へ、へぇー、そうなんですね……』


 ………………。


 ――まずい。会話が途切れた……。


 こういうときに限って、人見知りというコンプレックスが邪魔になる。


「………………」

「………………」


 それからというと、「あ」とか「え」とか、言葉にならない言葉を漏らしている間に、休憩の時間が終わってしまったのだった。


 ――そして、今に至る。


(はぁ……。完全に失敗した……)


 落胆して肩を落とす僕に、彼女は言った。


「あんた、意外と面白いかも」

「え」


 ――面白い?


「さっきからあんたの反応見る度に笑わせてもらったからさ♪」

「…………っ」

「それに、アイスも食べられたから大満足〜♪ えっと……」

「……森野」

「あ、森野ねっ。あはははっ!」

「…………」

 

 どうやら、まだ名前は完全に覚えてないらしい。


 ほんのちょっぴりショックだが、まあいいだろう。


 名前を呼んでくれたという事実だけで、今日はぐっすり眠れそうだから。


「そんじゃ、また明日~」

「え。あっ、うん……」


 彼女は手を振りながら駅のある方向へと歩き出した。


 本当に終わってしまうんだ……。と顔を俯かせようとした、そのとき、


「あ」


 彼女はクルンと回ってこちらに体を向けると、茶目っ気たっぷりな表情で言った。


「柊木って呼んでいいよー」

「え」

「ふふっ。じゃな~」

 

 さっきと同じようにこちらに手を振ると、柊木さんは今度こそ駅のある方へと行ってしまった。


 その後ろ姿を見つめながら、僕は少しの間、その場に突っ立っていた。


 ――…いたっ。


 頬をつねると、途端に痛みが走る。


 ――そうだ……これは夢なんかじゃないんだ……っ。




「あははは…………や、やったあぁぁああああああああーーーーーッッッ!!!!!」




 外だということも忘れて、これでもかと言わんばかりに喜びの雄叫びを上げた。


 そして、帰る道中の足取りがいつもより軽やかだったのは、言うまでもない。

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