第3話 喫茶店でも隣の席

「マスター、ここでいいのー?」

「ありがとう、助かったよ」

「うんしょっと。ああぁー……疲れたぁー……」


 彼女は抱えていた袋を床に置くと、手の甲で腰をトントンと叩く。


「………………」


 ――こんなことって、あるんだ……。


 僕の目は、彼女を捉えて離さない。


 ――何故なら、彼女が……今、目の前にいるからだ。


 自分の運の良さに恐怖すら覚える。


 ――今日の朝、彼女のトリコになり、今もずっと彼女のことで頭がいっぱいなのに……。


「あ」


 ――ッ!? 目が合った……っ!?


「………………」

「………………」


 時間という概念を忘れて、僕たちは見つめ合う。


「こ、こんにちは……。柊木……さん……」

「? なんであたしの名前知ってんの?」

「えっと……同じクラス、だから……」


 彼女は胸の前で腕を組むと、難しい顔でこっちを見てくる。


 名前を覚えていてくれたら、これ以上ないくらい嬉しいところだけど。


「うーん……」


 ――この感じは……。


「も、森野だけど……。隣の席の……」

「森野? 隣の席? うぅ〜ん…………ワリぃ、やっぱ思い出せないわ」

「あぁ……ですよね……」


 まぁそれは無理もないだろう。一瞬、目が合っただけで、会話はおろか名前すら呼ばれたことがないのだから。


 ――はああぁぁぁ……。


 運命的な出会いをしたと勝手に浮ついていた自分が恥ずかしい……。


「ほっほっほ。恋ちゃん、ちょうどお客さんもいないし、そろそろ休憩にしようか」

「休憩!? やった~!」


 柊木さんは『休憩』という言葉を聞いた瞬間にパァッと明るい笑みを浮かべた。


 ――…か、可愛い。


「そこ、座っていい?」


 そう言って彼女が指したのは、隣の席だった。


「いいよね?」

「え。あ……は、はい!」


 ――ああぁ……緊張でついたどただしい口調に……。


 どうやら早速、人見知りが発動してしまっているらしい。


「んん~~~っ!!」


 彼女はカウンターを出て隣の席に座ると、伸びをしながら声を漏らす。


 ――きれいな顔だな……。


 近くで見ると、その整った顔立ちに目が奪われる。


 教室では隣同士でもほんのちょっとだけ距離があるけど。今は、すぐ横に彼女がいる。


「…………っ」


 ――こういうときに、話しかける勇気があれば……。


 すると、目の前にチーズケーキの乗った皿が置かれた。


「え? 頼んでいませんけど」


 マスターは、ハンドドリップにお湯を注ぎながら、ほんの一瞬だけこっちを見る。


 ――がんばって。


 言葉はなくても、その想いは伝わった。


 ――ううぅ〜、マスター……!


 目からポロリと涙がこぼれてしまいそうになる。


 そんな僕の隣で、彼女は「ふんふ~ん♪」と鼻歌を奏でながらバニラアイスを口に運んでいた。


「? どしたの?」

「え。いや……」


 正直に「見惚れていました」なんて言えるわけもなく。


「――ねぇ。えっと、森野だっけ」

「!! は、はいっっっ!?」


 声が裏返る勢いで返事をする僕を見て、


「いや、そんな急に大声なんて出されたらビックリするんだけど」

「!? ご、ごめん……」

「まっ、別にいいけどさ」


 そう言って彼女は徐に体をこっちに向けると、グッと顔を近づけてきて……




「あんたさ、もしかして…――――――あたしに一目惚れした?」

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