第2話 カフェオレを飲みにきただけなのに……

 体育館での始業式を終えて教室に戻ると、真っ先に自分の席に座った。


 ――べ、別に、寄り道する席がなかったとか、そういうことでは決してなくて……。


「…………っ」


 胸の高鳴りを強く感じながら、僕はチラッと隣を見た。


「ふわぁ〜……」


 彼女は、口に手を当ててあくびをしながらスマホの画面を操作していた。


 余程よほど始業式が暇だったのか、フリック入力が目にも止まらぬ速さだった。


 ――さすがギャルと言ったところか。


 ………………。


 始業式の間、僕の頭の中はずっと彼女のことでいっぱいだった。


 ちなみに、校長先生が話した内容は全く覚えていない。


 ドキッ……ドキッ……。


 ――まだ一度も喋ったことないのに、どうしてこんなにも……


 彼女から目が離せないのだろう。


 ドキッ……ドキッ……。


 ……というか、一瞬目が合っただけで惚れるなんて、僕って結構チョロい? ……いやいや、そんなことはない……はず。多分……。


 そんなことを考えていると、担任と女子生徒が教科書の塊を教卓の上に置いた。


 始業式の後は、午前中だけ授業があることは事前に知ってはいたけど。


 ――始業式だけじゃないんだ……


 と、ちょっぴりショックを受ける怠け者の耳に聞こえてきたのは、授業の開始を知らせるチャイムの音だった。






 それから数時間後。


 四限目が終わると、すぐにホームルームが始まったが、担任からはいくつか連絡事項が伝えられるだけだった。


 ホームルームが終わり、教室中が一気に騒がしくなる。


 緊張だらけの高校生活一日目が、やっと終わりを迎えたのだ。


 ――やっと帰れる~……っ!


 僕の心の中で両手をグッと上に伸ばす。


 さすがにこの場でやるのは恥ずかしかったので、心の中で済ませた。


 ……よしっ、帰ろう。


 カバンに筆箱やノートを入れて素早い足取りで教室を出ると、既に学生でごった返している廊下を進んで階段を下りる。


 これからは、この動きが日々の日課になるのだろう。


 ――はぁ……放課後か……。


 高校に入る前までのイメージなら、同級生と一緒に教室でお喋りをしたり、カラオケに行ったりするのだとばかり思っていた。


 実際、後ろを歩く男子学生二人が、これからどこに遊びに行こうかで話が盛り上がっている。


 ――青春だねぇ……。


 まぁ、黄昏たそがれていてもしょうがない。自分なりの青春を謳歌おうかしようじゃないか。


 昇降口で靴を履き替え、玄関を出た僕は、駅前にあるファストフード店に寄って行くことにしたのだけど。お昼時という理由で今回はスルー。


 ならば、向かう場所は一つしかない。


 バーガーショップの前を通り過ぎて歩くこと、十分。


 僕の足は、とある店の前で止まった。


 喫茶ヒマワリ。


 レンガ風の外観と年季の入った看板が目印の、昔ながらの喫茶店だ。


 白髭と白髪のオールバックがよく似合う初老のマスターが経営している。


 心が落ち着くクラシックの音楽とコーヒーの香りに魅了された人は数知れず、特にマスターが淹れるコーヒーが人気で、リピーター客は多い。


 ちなみに、僕は甘党なのでコーヒーにはあまり手を出さない。


 すると、カウンターテーブルにカフェオレの入ったコップが置かれた。


「ありがとうございます、マスター」

 

 ストローを軽く回すと、氷同士がぶつかってカランカランと心地のいい音色を奏でる。


「どうだい? 新しい学校は?」

「あはは……。まだ始まったばかりなので、なんとも言えないです」

「そうかい。まぁ、君なりに楽しみなさい。青春は短いからの〜」

 

 僕の微妙な反応を見て、マスターは顎髭を手で撫でながら懐かしむような表情を浮かべた。


 短いというより、あっという間なのかもしれない。


 ――中学の三年間だって、なんだかんだそうだったし……。


「あ、そういえば」


 マスターは、なにかを思い出したのかポンッと手の平を叩いた。


「? どうしたんですか?」 

「ついこの間、君と同じ制服を着た女の子がバイトに入ったよ」

「え? 学校うちの制服、ですか?」

「今、裏の方からコーヒー豆の袋を取ってきてもらっているところだよ」

「へぇー」


 ――僕と同じ制服か。……もし同級生だったら、通い辛くなるな…――




「ちょっとマスター、この袋すっごく重いんですけどー」




 ストローに口を付けようとしたとき、店の奥から明らかにダルそうな声が聞こえてきた。


 ――この声……どこかで聞いたことがあるような……。


 顔を声の方に向けると、そこには、




 ――――――あ。




 目立つ髪をポニーテールに括り、お店の制服に身を包んだギャルが立っていた。

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