どうやら隣の席の黒ギャルに心を射抜かれてしまったようです。

白野さーど

第一部

第1話 心を射抜かれた日

 運命の出会いとは本当にあるのだろうか。


 運命とは、偶然の繰り返しで成り立っていると聞いたことがあるけれど。


 こんなことを考えている時点で、これからの僕の高校生活はきっとうまくいかないことだけは容易に想像できる。


 同級生とワイワイ盛り上がるようなこともなく、窓際のこの席から外を眺める日々が続く。


 ――そう……思っていたんだ…――――――彼女に出会うまでは。






「………………」


 始業式を迎えた今日。


 僕の目の前には、これから一年間お世話になる教室の扉があった。


 固く閉じられたその扉をこじ開け、中に入るには、それ相応の勇気が必要だ。


「はぁあああ~…………ふうぅぅぅ~…………」


 長い深呼吸でほんの少しだけでも心を落ち着かせる。


 そして、扉を開けて中に一歩踏み入れた瞬間、教室中の視線が向けられた。


 まるで、品定めされているような。口には出さないけど、正直、あまりいい気分ではない。


「………………」


 気まずさを感じながら、前の黒板に貼ってあった座席表で自分の席を探す。


 ――森野……森野……あ、窓際だ。……ん?


 僕の目は、隣の席に書かれた名前に止まった。




 柊木ひいらぎれん




 ――こいと書いて『れん』か。

 ――可愛い名前だな。……まぁ、関わることはないんだろうけど。


 というのも、僕があまりの人見知りで、女の子とほとんど話したことがないからだ。


(はぁ……。一度だけでいいから、甘酸っぱい青春を送ってみたいな……)


 ――ごほんっ。淡い期待は毒の元だ。気を取り直して行こう。


 それからささっと移動して自分の席に腰を下ろし、心の中でホッと息をついていると、


「これからオリエンテーションを始めますから、自分の席に座ってください」


 さっき閉めた扉を開けて女性教師が入ってきた。


 パッと見る限り、年は三十代前半といったところか。


 と、失礼極まりない分析を済ませた途端、僕の頭は教師の言葉に注目した。


 ――オリエンテーションって、なにするの?


 意味をスマホで調べようにも、カバンに入れたままではどうすることもできない。


(自己紹介だけでも嫌なのに……って)


 ふと隣を見ると、まだ誰も席に座っていなかった。


 一日目から遅刻とは、中々の大物だな。人のことを言えた義理ではないけど。


 それから、担任の女性教師が名簿を見ながら出席を取り始めた。


 早く来ないと、ほんとに遅刻してしまう。


 まだ顔も知らない同級生の心配をしている間も、刻一刻と時間は過ぎていき、そして……




柊木ひいらぎさん」




 ――ああぁ……。


 ついに、名前が呼ばれてしまった。


 ………………………………………………………………。


 だが、返事はない。当たり前だ、ここにはいないのだから。


 三秒くらいの間の後、担任が不思議な顔で空席を見つめる。


「あれ? いないの?」


 と担任が言った、そのとき、


 ――バンッ!!!


 突然、教室の前の扉が大きな音を立てて開いた。


 一瞬ビクッとした後、前の方を見ると、一人の女子生徒が入ってきた。




「ちーっす♪」




 教室中の視線が集まる中、気が抜けるような明るい声が耳に入った。


「――――――…え」


 ハイライトの髪。


 遠くからでも目立つ派手なアクセサリー。


 角度によっては中の下着が見える可能性大の明らかに丈の短いスカート。


 谷間くっきりの大きな胸の前までしかボタンを留めていないシャツ。


 まだ夏でもないのにこんがり焼けた肌。




『…………ギャルだ』




 まだ出会って一時間も経っていないクラスメイトたちが思ったことは一緒だった。


「あ……えーっと……あなたが、柊木さんかな……?」

「そうで~す♪」


 朝から元気な声で返事した“黒ギャル”は、教室を見渡す。


「ねぇーせんせー。あたしの席ってどこ~?」

「え? ……あ。あそこの空いている席ですよ」

「ああ、あそこね。サンキュー♪」


 彼女は、しーんとした空気の中を気にする様子もなく進む。


 ――すごい……。僕なら、穴があったらすぐにでも入りたいくらいなのに……。

 

 そんなことを考えながら、僕の目は、なぜか彼女を追っていた。


 ――どうして……


 彼女は僕の横で足を止めると、ふとこっちを見て「ふふっ」と笑った。


 見た目とは裏腹に優しい笑みを浮かべた彼女は、カバンを机の上に置いて席に座った。


「…………っ」




 このときだ。僕の頭の中で大きなベルが鳴り響いたのは――。

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