3話:コンビニと過去の恐怖
外へ出て少し歩くと、すぐに賑やかな繁華街の明かりが遠くの方へ見える。わたしの借りているマンションは、ぎりぎりそういう店の、キャッチとして働いているお兄さんお姉さんのテリトリーから外れているのか、その様子を見かけることは滅多にない。しかし、家から一番近いコンビニは、あのキラキラとした建物の中の方にあって、もう一つのコンビニはといえば、ここから少し歩かないと行けない距離。わたしはしばらく悩んだ末、二番目に近いコンビニへと向かった。まあ、そのコンビニも、ヤンキーっぽい人たちが集まっていたり、酔い潰れた女の人たちが馬鹿騒ぎをしているようなところだが。
底へ歩きながら、わたしは車の窓や、ガラス扉に映った自分を見て、思わずにやけてしまう。これは悪い癖だ。すぐ、自分のファッションを見て、薄ら笑いを浮かべてしまう。それ歩d、わたしは結構な自分好き好き人間であった。といっても、学校にいる時のような、あんな自分はまっぴら、いっそ、大嫌いとまで思っていたが。
あくまで、悪目立ちをしたくないのである。だが根本的には目立ちたがりというか、自分の可愛さを自覚しているというか。
有体に言って、超嫌な女じゃん。わたし。
突然に苛まれた罪悪感に、思わずガラスから目を反らすと、足早にそこを後にする。きっと、今は薬によって普通の状態、というよりはむしろ、抗精神薬によって、自分が今持っているテンションが、少なからずおかしくなってしまっているのだろう。でも、これもわたしであって。
きっと、元はプラス思考な、とてもポジティヴな人間なのかもしれないな、わたしは。そんなことを思っていた。
そうして少し軽くなった足取りで、わたしはコンビニの前まで歩く。当然のように、入り口の近くで数人の怖そうな男の人たちが、眉間に皺を寄せて煙草を吸っている。だが、変に絡まれる事。それこそ面倒だとは思うが、別に怖くはない。こんな悪ぶっている人たちより、もっと怖い、恐ろしいお父さんの元で、わたしは育っていたのだから。
しかし口は当然、鍵をかけられたかのように開かなくなっている。わたしにとって、その方が余程、恐怖を憶えずにはいられなかった。これまでにも何度か、コンビニの前でナンパをされたことがあるのだが、そのどれも、断ろうにも言葉が出てこないし、必死に絞り出した愛想笑いで、肯定とも否定とも取れない反応を返していると、相手はどうやら調子に乗るらしい。何度、連れて行かれそうになったことか。
わたしは極力、彼らと目を合わせないように、極めて注意しながら横を通り過ぎようとする。
が。
その為に下を向いていたこと。それこそが、災いの元だった。
次の瞬間、わたしは肩に衝撃を感じ、思わずよろめく。だがそれは相手も同じだったようで、聞き覚えのある声が、前方から聞こえてきた。だがこの近辺にしては珍しく、その声の主は、すぐにこちらを心配している様子である。だが困ったことに、わたしは喋ることが出来ない。いくら相手が謝って来てくれたとして、こちらは感情表現は疎か、肯定否定もろくに出来ないのだ。
どうしよう。
そんなことを考え、わたしはゆっくりと、竦む足をその場に踏ん張りながら顔を上げて。
思わず、金魚がそうするように口をぱくぱくと動かしながら、その姿を見た。
そこには、余りにも不釣り合いな彼女が、こちらを案ずるように手を差し伸べてくれていたのだ。
「ご、ごめんなさい、前、見てなくて……大丈夫?」
そう声をかけて来てくれた彼女も、こちらを見てどうやら、思うところがあったらしい。少しの間、二人で固まっていた。だが、流石にコンビニの前で、ふたりがそんな風に通せんぼをし続ける訳にもいかない。わたしは立ち上がると、そのまま咄嗟に踵を返して、歩き出してしまう。
そうして地面を見ながら歩きつつ、頭の中では、色々な疑問符が湧いて出て、思考はすっかりパニックへ陥っていた。
何であそこに先生が?
どうして?
それにこの格好を、見られてしまった。
先生も私のことを、気付いていた?
そんなことを考えて、すぐにでも恥ずかしさで叫び出したい気持ちを抑えながら、わたしは取り敢えずコンビニから遠ざかる。しかしそれを、後ろから追いかけて来ていたらしい先生は、そのままわたしへ追いつく。そして腕を引いた。
「ま、待って待って、望月! 取り敢えず、待ってって!」
やはり。というべきか。
先生はわたしに気付いていた。
そのことが、どうにも嬉しいと思う反面、わたしはどうにも恥ずかしい気持ちへ苛まれる。今すぐ家に帰りたい気持ちだ。ご飯も明日の朝だけで言い。今すぐ薬を飲んで、寝てしまいたい。
きっと、今。もしも手元にカッターナイフがあったなら、わたしは迷うことなく、手首を切っていただろう。それ程に追い詰められた気持ちの中、それでも先生と会えて、嬉しいという気持ちが身体を振り向かせていた。
どうやら、近くへ飲みにでも来ていたのだろう。先生は学校で見るような恰好ではなく、少し着飾ったような服装に身っを包んでいた。だがその顔は、間違いなく、わたしを心配に思う表情を浮かべている。自意識過剰、なのかもしれないけれど、しかしわたしのことをそれほど考えていないなら、逃げるわたしをそれこそ、そのまま人違いだと自分へ言い聞かせ、見逃してしまうくらい、容易に出来たはずだ。
逡巡して、わたしは足を止める。
恐らく、今のわたし。その顔は真っ赤に染まっている事だろうと思う。何せ、こんな姿は先生に見せたことも、言ったこともない。分かりやすい話が、わたしはどうにも、照れ臭かったのだ。いくら自分の好きな、好き好んでしているファッションとはいえ、好きな先生に対して、こんなスカートも膝上で、髪の毛も可愛くしてしまって。挙句の果てに、学校では見せたことも無いようなメイクまで。……わたしはアスファルトを見つめたまま、身体が動かないのを感じていた。
しかし先生は、そんなわたしの気持ちなど、知る由もない。どこか学校で会うよりも砕けた口調で、話しかけてくれる。
「いやぁ、びっくりしたよ! まさか望月と、こんな所で会うなんて……何、遊びに来てたの?」
遊びに来ていた。という訳ではないけれど、先生こそ。遊びに来ていたんですか? と。そう言えたらどれだけ、素敵なことだろう。だが、そう言葉にするにはもう遅い。わたしはすでに、周囲へ人がいることを分かってしまっていたし、それに先程のちょっとした悶着が、その周囲の視線を集めている事にも、気付いてしまっていた。
駄目なんです、先生。わたし、人に見られていると、話せなくなるんです。
そう心の中で伝えながら、わたしはそのまま俯き続ける。すると、そこはやはり、先生。初めこそ、こちらの返答を待つようにして、わたしの様子を伺っていたが、すぐにハッとした様子で、手を打った。
「あっ……そっか、そっか。ごめんね、望月。場所、変えよっか」
そういって、先生は事も無げにわたしの手を握る。そうしてそのまま、歩き始めた。
わたしはその間、色んな人から見られている、衆目に晒されている恥ずかしさを耐える。その事に精一杯で、先生と手を繋いでいるということにすら気付かないまま、その後を追って、コンビニを後にした。
「取り敢えず……座って?」
連れていかれた先は、そのコンビニから少し離れたところにある、無料のコインパーキング。そこに停めてある先生の車。その中だった。
どうやら先生は、それこそ車で来ているというところから察するに、お酒を飲みに来ていた訳ではないのだろう。まあ、先生が一人で居たところを見ると、こんなに社交的な先生が、よもや一人でお酒を飲みに来ていたとは考えにくいだろうか。
わたしは、車のドアを開けてくれた先生に案内されるがまま、先生の車へと乗り込んだ。そうして、その扉を閉めてから、先生はぐるりと回って、運転席へ座る。そうして、そのドアが閉まると、やはりわたしは、魔法が解けたかのように、気が付けば喋ることが出来るようになっていた。
我ながら。自分の病気ながら。
とても厄介だ。
「先生。……その、ごめんなさい」
わたしは、そうして喋ることが出来るようになるなり、頭を下げた。隣では、驚いた様子でこちらを見つめる先生。目を丸くしている姿も、何だか可愛いと思ってしまうのは、ともすれば反省をしていない、と思われてしまうだろうか。
「へ? ……何が?」
「で、ですから、その……さっきは、急に逃げたり、して。……びっくり、したから」
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