第87話 触る?

「陽菜子……照れてる?」

「ぇ……?あっ、……はい」

 琉旺さんに聞かれて、モドモドしながら返事をした。


「じゃあ、やめておいた方が良いかな……」

「……何を?」

 小さく呟いた琉旺さんの言葉を聞き返す。

「陽菜子、俺が竜化した時に、俺の鱗を触りたいって言ってただろ?だから……」


「鱗!!!」

 あの時の言葉を聞いていたのか………。

 鱗という言葉に反応して、急に大きな声を上げた私に、琉旺さんが、ビクッと体を強張らせた。

「あ……、すみません。驚かせました?」

 ここで、驚かせて引かれてはいけない。優しくことを進めなければ……。

 私の頭の中は、さっきまでモドモドしていたのも忘れて、一瞬で鱗モードにシフトチェンジした。


「陽菜子………触る?」

 琉旺さんは、頬を少し赤らめながら、自分の体の左側を指さした。

 コクコクコクコクコク………。

 端午の節句に飾る、張り子の虎に勝るとも劣らない勢いで首を振る。

 ゴクリと、生唾を飲み込む。


「あ……あの………、本当に良い……んですか?」

 緊張で、喉が張り付いて、言葉がスムーズに出てこない。

 心臓がドキドキ鳴って、期待と興奮から、琉旺さんにどんどん近寄ってしまう。

 いけない………これでは、若い女の子に迫る中年のエロ親父のようだ。

「ん、ん……、コホン」

 軽く咳払いをしてみる。

 ちょっと、落ち着いてきたような気がする。


 しかしだ、琉旺さんを見ると、恥ずかしそうに頬を染めて、目線がキョロキョロ泳いでいる。

 心なしか、目が潤んでいるようにも見える。

 その潤んだ金色の瞳で、こちらをチラリと見て緊張したように笑う。


 乙女か!!!!!

 やめてくれ!めっちゃ、恥ずかしい。また、お尻の辺りがムズムズする………。


 いや、だけど、触らせてもらう!

 何があろうともだ!

 琉旺さんと出会ってから今日までの間に、何度となく、“もう一度見れないものか、もう一度触れないものか“と、私の大脳皮質にある140億個の神経細胞達が、夢想してきたのだ。

 エロい中年親父だろうが、なんだろうが構わない。


「何か、陽菜子の顔がエロいんだけど……」

「エロくなんて、ありません!」

 被せ気味に放った言葉に、琉旺さんはまたビクリと肩を震わせた。

「あ……いや、ごめんなさい。

 怖がらせました?優しくします」

 もう、どちらが男だか分からないけど、そんなことはどうだって良い。

 早く脱げ!!

 私の目が訴えているのが分かったのか、(それとも怖かったのか、)琉旺さんはおずおずと、来ていたTシャツを脱いでくれた。


 おおぉぉぉぉ!!!

 待ち望んだ鱗だ……ハレルヤ!


 グレーの地色に、ややメタリックなブルーが混じった鱗は、近くで見ると、薄らと、寄せては返して飛沫をあげる波飛沫なみしぶきのような模様がある。

 今までは薄暗かったり、遠目だったりして分からなかったのだ。

「これ!これなんですか?波模様みたいなのがありますね」

「うん?どうも竜の紋様のようなものらしい。

 鱗持ちは大なり小なり、こんな模様がどこかしらに出るって、じい様が言ってたな。

 俺は、鱗一個一個に出るタイプみたいだな」


 ソロリと、鱗の紋様をゆっくり撫でてみる。

 指先に、全神経が集まって、ほんの少しの凹凸の差も逃さないように集中する。

 この一瞬のために、私の細胞と神経は存在するに違いない。


「うーん……。凹凸は感じられないですね。

 爬虫類は、敵から身を守ったり、食糧にありつくために、周囲の環境に同化したり、何かに擬態したりするための模様を持つものが多くいますが、琉旺さんのこの紋様は、どんな目的があるんでしょうね?

 もっと、詳細に電子レベルで紋様を見てみたいですが……」

 そう言いながら、どんどん鱗に近寄って見てみる。

 見れば、見るほど美しい形態だ。

 頭の芯が痺れそうだ。

 だんだん、動悸が激しくなって、息が上がってくる。

 鼻の粘膜が熱くなってきた……。


「ほら」

 琉旺さんが、ティッシュを箱ごと渡してくれる。

「あ……ありがどゔございばず」

 すかさず、2、3枚抜いて、鼻を抑える。この美しい鱗を、鼻血で汚したくない。

 この人は、なんて気がきくんだろう………神か!!

 私は、両手を合わせてお祈りした。

 …………………鱗に向かって。

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