第86話 すっごく大事にするから

「まぁ、とは言え、陽菜子には連絡を取らせてくれって言ったら、もうシュウが連絡しているから、必要ないって。

 それよりも、ぐっちゃんぐっちゃんになってる、竜口の家にテコ入れしてこいって言われて。

 そもそもお前は、あの娘御の声を聞いたら、我慢できなくなって、家まで行って上がり込んで、そのまま居座って、下手すると誰にも相談も報告もせずに、勝手に籍とか入れて帰って来なくなる可能性が高いから、諸々が終わるまで連絡禁止だって言われてさぁ〜」

 琉旺さんは、また私の肩に頭をグリグリやってる。

 なるほど……籍を入れるどうこうは、簡単には同意しかねるけど、上がり込んで居座るのは、既に2度も前科があるため、私も激しく同意するな。


「俺も、そのぉ……じい様の言い分に反論できなかったんで、じゃあ、仕方ないから、言われた仕事を一先ずやるかと。

 そうしたら、蓋を開けてみれば、竜口のソウ叔父が、結構色んなことやらかしてて…………どうにか、人を雇いまくって、人海戦術で何となくの形が見えたのが、今日の午後の話でな」

「え?じゃあ、まだ落ち着いたわけじゃないんですか?」

 そう聞いた私に琉旺さんは、再び私の肩のところでため息をつくと、情けない声で答えた。

「何、言ってんだよぉ〜。

 あれが落ち着くのなんて、それこそ、何年も先の話だぞ。そんなの待てるかっての。

 俺、陽菜子に、会いたくて、会いたくて、我慢できなくて……。

 電話しようかと思ったんだけど、そんなことよりも、気がついたらここに来ちゃってたんだよ」


 琉旺さんは、後ろから抱きこんでいた私の体を軽々と抱えて、くるりと前抱きにする。

 これじゃあ、小さな子供が抱かれているようだ。

 文句を言おうと口を開いた私の唇に、チュッと軽くキスをすると、スゥゥゥゥっと息を吸い込んだ。

 その息を一旦止めると、唇を引き結んで、私の顔をじっと見つめてくる。

 月の光が、彼の金色の瞳を照らし出して、眩いくらいだ。


「ひなこ…………」

「……………はい」

「好きだ…………愛してる」

「……………はい。…………………………わたしも、私も、愛してます」

 真っ赤になりながら答えると、琉旺さんは、ふぅぅぅぅぅぅぅっっと肺の中に溜まっていたんだろう空気を一気に吐き出す。

 そうして、もう一度唇を引きむすぶと、じぃぃぃっと私の顔をもう一度見つめた。


「陽菜子………結婚してください。

 大事にする。すっごく大事にするから、俺の、つがいになって下さい」

 瞬きもせずに告げられた言葉に、私は一瞬、頭の中で動いていたはずの860億個の脳神経細胞の全てがフリーズした。

 目と口を開けたまま、固まっている私の目の前で、琉旺さんがヒラヒラ手を振る。

 マウスを動かされて、スリープが解除されたPCのように、私の頭の中もブーンッと神経回路が動き始める。


「あの………ぇっと、………………ゥグ…………グズッ……ウウッ…………はぃ。

 ズズッ…………はい。ぉね……お願いじまず……」

 どうにか答えた、私の垂れた鼻を、またしても琉旺さんが拭いてくれる。

 遠慮なくズビーーーーッと、鼻を噛んでスッキリしたけれど、頭の中はぼんやりしたままだし、涙も止まらない。

 そんな私を、まだ顔の赤い琉旺さんは、嬉しそうに笑いながら、ギュウギュウ抱きしめた。





 プロポーズの余韻に浸りながら、ぼんやりと月を見上げていた私達だが、季節は2月。

 夜は、キンキンに凍えるように寒いのだ。

 琉旺さんのくしゃみを合図に、家の中に入る。

 遼ちゃんが、お風呂を入れてくれていたので、順番に入って温もると、熱いお茶を入れて、2階の私の部屋に上がった。


 “ズズーッ“と、音を立てて熱いお茶を啜る。

 冷えていた体が温まったからか、それともさっきまで泣いていたからか、私は、ズルズル出てくる鼻水をテッシュで拭う。


「もしかして、風邪ひいたかな?さっさと家の中に入れば良かったな……。

 大丈夫か?薬飲むか?靴下履いておけよ」

 琉旺さんは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

「ふふふ……大丈夫です。別に寒気もしないし」

 そう答えると、ホッとしたように琉旺さんが笑う。

 なんだか、小っ恥ずかしい……。

 さっきのプロポーズが脳内で再生されて、お尻のあたりがムズムズし始めた私は、真っ赤になった上に、動きがギクシャクしてしまう。

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