第79話 『元気になぁ〜れ』2

「ギャッ!ギャォォォォゥゥ……」 

 引き裂くような鳴き声が響く。

 足で、リチャードの腹を蹴って、噛みつかれた歯から逃れたけれど、その噛み跡は、ギザギザに肉がえぐれて血が吹き出している。


 リチャードの歯は、食い込んでいた歯が、衝撃で外れたことで何本かがボロボロと抜け落ちた。

 しかし、サメの歯は抜けたところで、後ろに控えている歯が前に押し出され、常に新しい歯が表に出てくる仕組みだ。

 恐らく、リチャードも同じように歯が生えそろうのだろう。


 琉旺さんの傷口は、先ほどと同様に、パキパキと瞬く間に新しい鱗が覆っている。

 けれど、噛まれた腕に力が入らないのか、痛そうに見える。

 ハァハァと荒い呼吸音も聞こえてくる。


「シュウちゃん、琉旺さんの傷口って、直ぐに鱗に覆われているように見えるけど、内部はどうなってるの?」

「残念ながら、引き裂かれた筋肉は、そう簡単には修復しません。

 ご覧のように外部の出血は、鱗が再生することによって、血が止まります。

 また、中部の傷も他の動物に比べれば、竜化している状態ですので治りは早いです。

 しかし、外部の傷のように、瞬時に治ったりはしません。

 その為、今は傷ついたままの状態です」


 えーーーっ……さっきのあれは絶対に痛い。

 どうすれば良いのかな?

 さっきの部屋で使った回復魔法みたいな力を使いたいけれど、アレは近づいた状態でしか出来ないのだろうか?

 今の状況で、近づくなんてことは無理だ。距離があっても、私が願えば出来る?

 いや………一か八かだ。

 上手くいったら儲けもんだ。


 そう思った私は、数珠を両手に握ると、腕を前に突き出して、琉旺さんの方に向ける。

 そうして、心の中で唱えた。

『元気になぁ〜れ』

 私の手の中で、熱く重くなった数珠は、淡く半透明の光を発する。

 花のような香りが、優しい風と共に私の背後から吹いてくる。

 その風と一緒に、クルクル回る虹色の小さな光が、回りながら琉旺さんの周りを包み込んだ。


「キュァォッ……クルルル」

 金色の瞳を閉じて、小さく喉を鳴らすと、琉旺さんは笑ったように見えた。

 パチっと目を開けると、こちらを見て、首を傾げるような仕草をする。

 おぉぉぉ!カワイイ……恐竜、可愛い❤︎


「お嬢さんが何をなさったのかよ良く分かりませんでしたが、成功したようですね。

 ありがとうございます」

 シュウちゃんに、小声でお礼を言われる。

 


 上手くいって、ホッとしたけれど、また二人……二匹?は戦い始める。

 このままでは、どちらかが消耗するのをジリジリと待つだけで、戦いは終わらないだろう。

 リチャードも、動きは鈍いものの琉旺さんと同じように強い。

 また硬いセンザンコウの鱗で覆われた体は、鋭い牙や、鉤爪も通さないと来ている。

 いくら、持っている修復能力が働いて、回復したところで、体の内部の回復には時間がかかるし、私が回復させたところで、相手よりも防御力の弱い琉旺さんの方が、どちかというと不利だ。

 どうにかして、リチャードの体を覆っているセンザンコウの鱗を取り払う術を考えなければならないだろう。



 センザンコウの鱗の殆どは、人間の髪の毛や爪といった部位と同じ成分である、ケラチンと呼ばれる硬タンパク質で出来ている。

 他にも、鳥の嘴や亀の甲羅なんかも、このケラチンで出来ていて、非常に硬くて分解するのが難しい。

 近年、大量に出るケラチン(鳥の羽など)のゴミを、二酸化炭素の排出などの問題から、燃やさずにどうやって処理するかが課題になっていたりする。

 10%以上の濃度のカセイソーダ(水酸化ナトリウム)で分解されるとされているけれど、毒物及び劇物取締法により、原体および5 %を超える水酸化ナトリウムは、劇物に指定されているのだ。

 この地下施設のどこかにあるとしても、厳重に保管されていて手を出すことはできないだろう。

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