第78話 鱗を諦めない

 その幻想的なまでに美しい、蛍たちの光が舞う中で、琉旺さんはリチャードと熾烈な戦いを繰り広げている。

 鱗で覆われた体は、俊敏に動くには向いていないようで、リチャードの動きは鈍い。

 琉旺さんの大きな足で蹴りを入れられて、壁の方に吹っ飛んだリチャードは、器用に体を丸めて鱗で守り、負傷を免れている。

 壁に当たる衝撃は免れないだろうが、硬い鱗が体が傷つくのを守ってくれるのだ。


「グルルルル……クワォォ」

 喉を鳴らして威嚇しながら、素早く作業机の上に飛び乗る。

 足の爪がカチカチと硬い机の天板に当たる音がする。

 踏みつけられたキノコたちは、フワンと発光した胞子を撒き散らす。

「ふふふふ……なんて機敏で美しい動きなぁんだ。躍動するときの筋肉の動きがまた良いですねぇ」

 リチャードは、琉旺さんの動きをじっと観察するように眺めると、何とも嬉しそうに口角を上げて笑う。



「ッシャーーーーーー!!」

 空気が漏れ出すような音を出して琉旺さんに威嚇されているが、リチャードにとっては、どうってことないようだ。

 頭を上げて、金色の瞳をギョロリと動かすと、体高2mほどもある上体を倒して左右に尻尾を振る。

 グッと足を踏ん張ると、そのままリチャードに向かって飛びかかり、鋭い足の爪を思いっきり引っ掛ける。

 ところが、リチャードの体を覆っているのはセンザンコウの鱗だ。

 自然界では、丸まって仕舞えば、ライオンの牙でさえも通さない。

 

 ゴリゴリゴリ


 爪が鱗を引っ掻く音はするし、鱗に爪の痕は付くものの、あまりダメージは与えられていない。

 琉旺さんは、間髪入れずに、口の中に無数に並ぶ鋭い牙で、リチャードの肩に噛み付いた。

 しかし、その牙を持ってしても鱗を噛み砕くことはできないようだ。

 肩に食らい付いたまま、何度も首を振っているが、体重の軽い分、リチャードの体が若干浮いた程度だ。


 逆にリチャードが、鱗がびっしりと生えた尻尾を振り回す。

 振り回した尻尾は、見事に琉旺さんの横腹に当たった。

「クシャァァァーーーー」

 甲高い鳴き声が響く。尻尾が当たった横腹は、うっすらと血が出ている。

 痛い……。私は、思わず目を瞑った。


 でも、センザンコウの鱗の方が強い?!

 それなら、リチャードが琉旺さんを付け狙う理由は無くなるんじゃ?

 

 パキ……パキパキ、ピキ……

 先程の攻撃で、鱗がめくれて、薄く血が出ていた横腹の傷口は、新しいグレーに輝く鱗が傷を覆い始めている。

「グレーイト!!その、回復力。是非とも、細胞レベルで研究したいでぇすなぁ」


 頭の中に浮かんだ考えは、一瞬で打ち消された。

 駄目だな。

 どうしたって、リチャードが琉旺さんを諦めることはないようだ。



 新しい鱗は、傷を覆い隠した。

 内部が傷ついている可能性があるから心配だけれど、表面的には血は止まったようだ。

 体制を立て直した琉旺さんは、近くの作業机に飛び上がって、そのまま足の爪を引っ掛けながら、機敏な動きで瞬時に棚によじ登る。

 棚に置いてある瓶や器材を薙ぎ倒しながら、体を捻って空中に向かって飛ぶと、リチャードの背後に回って、足で押さえつけながら、押し倒す。

 リチャードは、鱗で覆われた体では、素早く動くことが出来ないため、動きは鈍い。

 押し倒されて、ジタバタしている。

 琉旺さんは、足で押さえつけたまま、リチャードの首を目掛けて噛み付いた。

 しかし、やはりリチャードの硬い鱗が邪魔して、有効な攻撃に至らない。


 逆に、首を捻って反撃をしたリチャードの尖った歯に、鼻先を掠められてしまった。

 リチャードの口の中は、ノコギリのようにギザギザの三角の歯が、何列も無数に並んでいる。

 アレに似た歯を持っている生物を知っている。

 海の生態系ピラミッドの頂点に君臨するホホジロザメだ。


 リチャードの歯にやられた琉旺さんの鼻先は、血が出ている。

 それでも、噛み付いた首から離れず、何度も頭を振って、どうにか牙を鱗に通そうとする。

 リチャードは、尻尾を振り子のように振って、遠心力で体をひっくり返した。

 体がひっくり返る反動で、一瞬、琉旺さんの口が首から離れてしまった。

 その隙をついて、リチャードは上体を起こすと、琉旺さんの腕に鋭い歯を食い込ませた。

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