第17章 トカゲ姫と恐竜王子は、力を合わせます
第77話 キノコにホタル
「さあ、戦いの始まりです」
センザンコウの鱗を纏ったリチャードがそう言って、口の端を歪めて笑った時だった。
バツンと周りが真っ暗になったのだ。
「ええ!なにこれ?停電?」
そう言ってから、これが停電でなく、リチャードが起こした何かの作戦や罠ではないかという考えに思い至り、自分のその考えにゾッとした。
近くの気配がサッと動いて私を守ってくれようとするのを感じる。
シュウちゃんだ。急に真っ暗になって不安だった気持ちが、ホッと安心する。
「シュウちゃん……」
「大丈夫ですよ、お嬢さん。私は夜目は利きませんが、気配には敏感なのでちゃんとお守りします」
そっか、トカゲは昼行性だもんね。夜目は利かないよね。
ってことは、このままじゃ、危ないってことじゃん。
「シュウちゃん、明かりって復旧しますかね?」
「どうでしょう?原因が分からないので、なんとも……」
そりゃ、そうだな。
これが、リチャードが起こした罠や作戦であれば、復旧は難しいだろう。
と言うことは、かなり不利な状況になるわけだ。
出来れば、どうにか明るくしたい。
『願うのだ。願えば、その飴色の珠が力を引き出してくれようぞ』
頭の中でロンちゃんが言っていたことがリフレインされる。
えーっと、私はこの部屋を明るくしたい。
けれど、電気の供給は止まってしまっているかどうかさえ分からない。
つまり、暗くなった原因が分からない。
じゃあ、どうやって明るくすれば良いのか?
「グルルルルルル……グワァァァーー」
琉旺さんの咆哮と共に、何か重いもの同士がぶつかり合うようなドスンという音が、暗闇に響く。
始まった!
リチャードと琉旺さんが戦っているんだ。
琉旺さんは、獣脚類の肉食恐竜だから夜目が利くんだろうけど、リチャードはセンザンコウだよね?
この真っ暗な中で見えるんだろうか?
そんなことを考えている間にも、ゴスンっと鈍い音が聞こえてくる。
「グワ、キューーーーーゥゥッ」
琉旺さんの威嚇する鳴き声が聞こえる。
早く、早く明るくしなきゃ……。
私は、数珠を握りしめると、頭の中に浮かんだ映像を膨らませながら、リノリウムの床に片膝をついて座り込むと、数珠ごと手のひらを床に押し当てる。
「願わくは 夕月の光の如く 月の光し 清く照らしける 昼とまかはむ」
(出来ることならば 夕方の月が照らす光のように 月の光が冴え冴えと照らしだす 昼と見まごうばかりに)
焦った私が思い浮かべたのは、先日大学の別の研究室で見た、光るキノコだ。
トモシビタケ、ツキヨタケ、ヤコウタケ、シイノトモシビ……他にも見たけれど、詳細を忘れてしまった。我ながら、かなり雑だ。
淡いグリーンの発光する、3センチ程度の傘の小さなキノコたちは、群生してかなり明るい光を放つのだ。
それらのキノコを思い描いた私の足元からは、緑の光が放射線状に輪を描きながら、広がっていく。
その光は、床を覆うと、壁や長い作業机、棚や薬品を入れた瓶にまでびっしりと生えて広がる。
最後に、天井にもその範囲を広げると、部屋中を淡いグリーンの発光体が覆い尽くした。
「おお!これは幻想的ですね」
シュウちゃんが隣で、ホウッと小さく息をつく。
全く見えなかったシュウちゃんの表情も、優しい緑色に照らされて、ぼんやりだけれど見えるようになった。
……いやぁ……けど、やっぱり暗いな……。
「キレ〜イですねぇ……」
リチャードは、そう言いながらも琉旺さんからの攻撃を受け流している。
長く尖った鉤爪がリチャードを捉えるが、センザンコウの硬い鱗がリチャードを守っているので、ガギッと派手な音がするだけで、大した打撃になっていないようだ。
もう少し、明るさが欲しい。
私は、今度は数珠を大きくゆっくり空中で回してみる。
黄色く丸い点のような光が、無数に飛び立ち始める。
小さな明るい光は、煌めくように明滅を繰り返して、部屋の中をふわふわと飛んで、光の軌道を描く。
もう季節は冬だと言うのに、私が頭の中で思い描いたのは蛍だ。
相変わらず、琉旺さんとリチャードは、ガシン、バシンと音を立てながら、戦いを続けている中で、私が願った発光体たちは、全く違う世界にいるかのように光を放っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます