第76話 FANの回る音で、耳がやられそう

 かくして、唱子さんことグリーンイグアナは、体を洋服でぐるぐる巻かれて、部屋の外に連れ出された。

 2mはあるかというデカいイグアナを、ムウさんは大事そうに抱えて温めている。

 冷えていた体が温まってきて、少し落ち着いたのか、イグアナはホウッとため息をついた。


 え?ため息?

「ありがとう、ムウ。助かったわ」

 え???どこからか女の人の声が聞こえる。

「お嬢様、ご無事で良うございました」

 ムウさんは、抱いているイグアナに向かって喋りかけている。


「あのぉ、質問しても、かましまへんやろか?」

「……ええ。構わないわよ」

「………なんで、イグアナが喋れるんですやろ?」


 そうだ!それだよ……。

 どう見ても、イグアナが喋ってるように見える。

「なぁに?あなた達、我が家のこんな場所まで入り込んでおいて、今更、イグアナが喋ったなんて言ってるの?」

 目元に黒子ほくろのように黒い点があるイグアナは、大層高飛車そうに鼻を鳴らしながら喋った。



「我ら、竜家の者達は血が濃いほど、生命維持が難しいと体が判断すると、爬虫類に変化するのです」

 ムウさんが言うには、竜家は恐竜を祖として繁栄してきたという。

 色んな血が混じって現在人間社会で生きているが、血が濃く残っているものは、変化した方が体調を整えやすい為に、爬虫類になるという。

 どんな変化になるかは、個々によって違うらしい。


「へぇぇぇ。ウチは誰もそんなにならへんなぁ。かなり血が薄くなってるからなんやろうなぁ」

 三嶋っちは、話の内容をすんなり理解したのか、納得したように頷いている。

 

 ええーー、早くない?そんな話、信じられない!!とかないのかよ?

 やっぱり、同じ血が流れていると拒絶反応が少ないのかもな。


「で、お嬢様はなぜこちらに?」

「私、お父様のお客様だって言う変な外国人に連れられて、この地下の部屋の一つに閉じ込められてたのよ」

 グリーンイグアナは、ムウさんの問いかけに答える。

 未だに、現状を飲み込めていない俺は、イグアナが喋っている様子をぼーっと見ていた。

「様子がおかしかったから抵抗したんだけど、変な薬打たれちゃって、気が付いたら地下の部屋に閉じ込められているわ、この格好になっているわで……。

 竜の力も使えないから、大人しく閉じ込められていたんだけど、さっき何かの弾みで力が使えることが分かったから、ドアをぶち破って出てきたの」

「はぁ〜……ほんで、迷うてたら、さっきのサーバー室に入り込んでしもたんですか?」

「コホン……まぁ、そう言うわけね」

 イグアナもとい、唱子さんは、一つ咳払いをすると迷ったことを認めた。



「OK!分かりました。兎に角無事でよかった。

 俺と、三嶋っちは引き続きサーバーに負荷をかける作業を優先します。

 ムウさんは、唱子さんについていてあげて」

 

 頭を切り替えて、作業を続けることに決める。

 ところが、ムウさんは唱子さんに向かって一言、言う。

「いえ、俺も作業を一緒に行います。

 良いですか、お嬢様。ここを動かれないように」

「はぁ?何を言っているの?ムウ、お前は……」

 案の定、反発した唱子さんに、ムウさんは厳しい口調でキッパリ言い放つ。

「お館様は、恐らくお客人である外国人にお嬢様を人質に取られて、完全に竜家を敵に回してしまいました。

 今は、竜口の家がどうこうではなく、竜家の存続自体が危ぶまれる事態に発展しています。

 今、お嬢様のわがままを聞いていられる時間はないのです」

 それだけ言うと、イグアナを残して、サーバー室に入っていった。

 置いていかれたイグアナは、キーキー文句を言って怒っていたが、無駄だと分かったのか、大人しく床に体を横たえて、目を瞑ってしまった。



 サーバー室の中は、オレンジやグリーンのLEDランプがチカチカ点灯して、FANが回る高い音が聞こえる。 

 大声で話さなければ、聞こえないほどだ。

 サーバーはラック型で、何台ものサーバーがラックに入れられている。

 奥の上段から順番に、USBメモリーを差し込む。

 この時のために、家中にあった、ありったけのUSBメモリーを持ってきたのだ。

 負荷ツールがコピーされて、負荷がかかり始めると、FANが高速で回り始める。

 回転音が『キーーーン』と言う音に変わって、今にも飛び立ちそうだ。


 負荷が高くなったチップは熱を発するようになって、部屋の温度がグッと上がった。三嶋っちが、部屋のエアコンの温度を一番下まで下げてくれる。

 最後の一台にツールを入れ終わると、もうFANの回る音で耳がやられそうだ。

 作業が終わったので早々に退室して、扉を閉める。

 途端に静かになって、ホッとした。


 唱子さんは、大人しく待っていたようで、俺たちがサーバー室から出てくると、チラリと片目を開けてこちらを見た。

「お嬢様……お待たせして、申し訳ありませんでした。お怒りですか?」

 ムウさんは、さっきの毅然とした態度とは打って変わって、床に正座してグリーンイグアナに媚び諂っている。


 まぁ、良いや。サーバーを叩くことも出来たし、唱子さんも見つかった。

 ねぇちゃん達を探した方が良いかもしれない。

 そう思っていた矢先、ブツンと周りが真っ暗になった。

「あれ?どないしたん?真っ暗になってしもうたよ……」

「しまった………ブレーカーが落ちたんだ。サーバーにいっぺんに負荷をかけすぎた。

 ムウさん、サーバーと主要電源の分電ってしてないの?」

「いやぁ……どうでしょう?

 上の屋敷の中なら当然、分電しているはずですが、この地下の施設のことはなんとも」

 

 マジかよ……。

 周りは真っ暗だし、どうやって動くかが問題だけど、これで終わりにはできないぞ。


***

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