第72話 羽蟻

※※ 虫がたくさん出てくるシーンがあります。苦手な方は、ブラウザバックでお願いします。※※




*** 


 体中の細胞が、どんどん肥大化して作り替えられる。

 相変わらず、火傷をするかのように熱くなって痛みを感じるし、頭痛や吐き気も感じる。

 血管の中を流れる血液中の白血球と赤血球が、莫大に数を増やして津波のように一気に逆流する。


 もう、何度も訓練の中で竜化してきた。

 その度に、少しずつ竜化の精度が増し、竜化した後も精神をコントロールする術を覚え、野生の闘争本能に理性を奪われることも、竜化を解いた後ぶっ倒れたり、熱を出して寝込むことも無くなった。

 しかし、竜化の際の燃えるような熱さや、不快感、自分の体の中身がゴッソリと作り変えられる感覚は薄れない。


「シューーーーーーーーーーー」

 喉から威嚇音が漏れる。

 陽菜子は、男に抱き上げられたまま、ティッシュで鼻を押さえている。

 俺を見て、興奮したな……。

 キラキラした目で俺を見ている。複雑な気分だ。 

 


 あの、戦闘員野郎!陽菜子を離せと言ったのに……。

「グォォォーーーーーーァァァッ!」

 咆哮を上げると、上体を落とし床を蹴る。

 男の目の前まで行くと、長い尾をしならせ下半身を狙った。

 尾は、男の下半身にヒットして、吹っ飛ばした。

 投げ出された陽菜子は、シュウが上手い事キャッチしてくれている。



 俺は、リチャードに向き直る。

 コイツとは、どうしても決着をつけなければならない。



 黒い羽虫が、リチャードの周りを飛んでいることに気がついた。

 なんだ?ここは地下だと言うのに、羽虫はどこから入ってきたんだ?

 そう思っている間に、羽虫は二匹に増えた。


 顔の周りを飛ばれているのに、リチャードは特に不快に感じないらしく、こちらを見ながらニマニマ笑っている。

 その間に羽虫は、もう一匹、もう一匹と数を増やしていく。

 あっという間に、リチャードの周りは、数十匹の羽虫がブンブンと飛び交っている。


 どう言うことだ?

 一体どこから飛んできている?

 さっきまで影も形もなかったのに、いきなりこんなに数が増えた理由は何だ?

 益々数を増した虫は、こちらにも飛んでくる。指の鉤爪でシャッと引っ掛けて、虫の正体を観察する。

 どうも、羽が生えた蟻のようだ。


「琉旺さん、その虫、多分作業机の棚に保管されていた標本と同じ種類です」

 陽菜子が、壁際からこちらに声を張り上げる。

 標本?そんなものあったのか……。

 しかし、常識で考えれば、標本が動き出すはずがない。リチャードが何か仕組んでいるのだろう。

 油断は禁物だ。

 尾を揺らしながら、体を水平に倒して、牙を剥きながら臨戦態勢をとる。


 先ほどまで、リチャードの周りを飛んでいた数十匹の羽蟻は、今ではもう数千、いや、数万はくだらない数に増えて、リチャードをすっぽり取り囲んで飛び始めていた。


 ブワン、ブワン、ブワン


 羽蟻の羽音が、うるさい位に耳につく。

 羽蟻の大群が黒い靄のように覆い隠して、リチャードの輪郭は、ほぼ見えなくなっている。

「フクククククク…………」

 羽蟻の黒い靄の中から、リチャードのくぐもった笑い声が聞こえる。

 すると、リチャードの周りを渦巻くように飛んでいた羽蟻たちは、急にボトボトと床に落ち始めた。

 リノリウムの白い床の上に、羽蟻の死骸の山が出来る。

 そうして、黒い靄が晴れるようにリチャードの姿が現れ始めた。



 現れたリチャードの肩には、茶色の大きな鱗が何枚も生えている。

 先端が三角になっている鱗は、バキバキッと音を立てながら、次々にその面積を増やす。


 竜化?

 一体何の鱗だ?


「グルルルル………」

 威嚇のために喉がなる。

「素晴らしいでしょぉう?偶然だったんですがねぇ……。

 何の鱗だと思ぉいますかぁ?」

 バキバキと音を立ててリチャードの体を覆っている鱗は、まるで松笠のようだ。


「………もしかして、それって……センザンコウですか?貴方、密猟してたんですよね?」

 陽菜子が、壁際から声を張り上げて非難する。

「クックッ………そのお嬢さん、とっても賢いのねぇ。

 そうです。センザンコウですよ。

 センザンコウは、蟻が好きなの知っていますかぁ?

 捕ったセンザンコウの鱗の間に入っていた羽蟻にね、噛まれてウィルスが体内に入り込むことによって、体の中でDNA変化が起こるんですよ。

 今までの研究と掛け合わせたら、面白い結果になりましたぁ。どうです?」

 リチャードは、鱗を見せびらかすように両腕を広げて見せる。


 リチャードの体は、殆どが鱗に覆われ、同じく鱗に覆われた尻尾が生えている。

 顔も小さな鱗で覆われ、手にも足にも長い爪が生えている。

 しかし、喋る奴の口の中には、無数の牙がびっしりと生えている。

 そこは、別の何かを掛け合わせたのだろう。

 センザンコウは、長い舌を使って蟻を食べる動物だ。牙などない。


「ルオーさん、お待たせしました。さぁ、戦いの始まりです」


***

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