第71話 駅前で無料で配っているティッシュ

「カッコイイ……」

 一体、どんなボーナスステージなんだろう。


 私は、破れた隙間から除く、彼の肌にある鱗がドンドン面積を広げていく様から目を離せずに、見つめ続ける。

 まるで、芳醇な酒が香り立つかのような色香が、琉旺さんの体中から放たれていて、その色香に酔ってしまいそうなほどの魅力に満ち溢れていた。


 不思議なことに、彼の変化が私の目には、スローモーションのように映る。

 ペキペキと音を立てるように、一枚一枚、ゆっくりと広がっていく鱗を凝視したまま、私は鼻の奥の粘膜が熱くなるのを感じた。

  咄嗟に、私を抱え上げていた男のTシャツを引っ張ると、そのTシャツで鼻を押さえる。

 驚いた男は、親切にもポケットに入れていた、駅前で無料で配っているテッシュをくれた。

 ポケットにテッシュを常備している戦闘員って何なんだ?と訝しんだけれど、それでも、琉旺さんの変化からは目が離せない。



 金色の瞳は、瞳孔を縦長にキュッと細めてこちらを睨みつける。

 着ていた洋服はビリビリに破れてもはや原型を留めておらず、足は、太く逞しい筋肉をつけて肥大化していく。

 ゴツゴツとした灰色の硬い鱗に覆われた足の先は、三叉に分かれて大きな長い指に変わり、鋭く曲がった爪が現れる。

 手も同じく、長く大きな三つに分かれた指に、鉤爪と呼ばれる鋭く鋭利な爪がついている。

 どんどん面積を広げた鱗は、今では体全体を覆い、メタリックがかって見えるグレーに、光が当たった場所は、青く波紋が広がるような美しい色の体に変わった。

  2本の太い足でスクリと立ち、背中には短い黄色の羽毛が逆立つように生えている。

 体高は2mほどか?ゆったりと揺れている長い尾を入れると、体長は4mを超えそうな大きさだ。

 大きな頭に、長く突き出た鼻先、口は大きく、まさしく獣脚類に分類される肉食恐竜に違いない。


「シューーーーーーーーーーー」

っと、長く爬虫類の威嚇音のように音を発したのを聞いて、ゾクゾクした。

 

 マジでかっこいい!!!

 興奮しているので、語彙が貧相になったのは勘弁してもらいたい。

「あ〜〜〜〜鱗、触りたい……」

 ついうっかり、口から本音が滑り出る始末だ。



 ところが、竜化した琉旺さんを見て、喜んでいるのは私だけではなかった。

「ワーーーオ!!!アメイジング!ゴーーージャス!ファンタスッティック!!!!」

 あくまで控えめに、しかし頭の中では踊り狂っている私とは違って、リチャードは、手を打ち鳴らして大興奮している。お国柄の違いだろうか……。

 その喜ぶ気持ちが、良く分かるのが物凄く嫌だ……。


 

「グォォォーーーーーーァァァッ!」

 低い、喉から絞り出すような咆哮と、空気の漏れるような音が一緒になって、竜化した琉旺さんの口から放たれる。

 開けた口からは、無数の牙がのぞいている。

 首を上げて頭は前を向けたまま、上体を床と平行にグッと落とす姿勢を取ると、トトトッと、リノリウムの床を蹴る。

 カッカッカッと、爪が床に当たる音が響く。


 そのまま真っ直ぐこちらに向かってくる。その間、ほんの数秒だっただろう。

 男に抱えられている、私の目の前まで来ると、クルリと体を反転させて、長い尻尾が鞭のようにしなり、空気中に軌道を描いた。


 目で捉えるのとは、コンマ何秒か遅れて、ヒュンという空気を切る音が聞こえてくる。

 と、思った時には、しなる尻尾は男の下半身を思いっきり打って、吹っ飛ばす。

 その男に抱え上げられていた、私の体はポーンと空中に投げ出された。

 投げ出された私の体が、床に打ち付けられる前に、見事にキャッチしてくれたのは、シュウちゃんだ。

「大丈夫ですか?陽菜子お嬢さん」

「シュ……ちゃん。……ん、大丈夫。ありがとう」

 そう答えて、強ばる顔の筋肉をどうにか動かして、シュウちゃんに笑いかけた。


「グルルルル……ガァ!」

 琉旺さんは、短くシュウちゃんに吠える。

「ふっ………私を威嚇するのは、良してください」

 シュウちゃんは、頬を歪めて笑うと、嫌そうに琉旺さんに向かって言う。

「さあ、陽菜子お嬢さん、もっと端っこに寄ってましょう。ルゥさまが暴れますからね」

 そう言うと、抱き抱えたまま壁際まで運んで降ろしてくれた。

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