第15章 トカゲ姫 王子を見て惚れ直す

第70話 リチャード田沼

 リチャードと呼ばれたその人は、癖のある暗い金色の髪を分けて、皺のある額を出している。

 口髭と顎髭を生やした口元をニヤニヤと緩めながら、濃い茶色の瞳を、緩めて此方を見た。


 身長は、琉旺さんよりは高くない。ってことは、180cm弱くらいか?

 くたびれた感が滲み出る、ツイードのスーツのジャケットを脱ぐと、Yシャツを来ていても分かるくらいの筋肉のしっかりついた、がっしりとした体躯が現れた。

 あまり研究職という職業についている人間には見えない。

 研究室にいるよりも、常に現場に出ているのだろう。

 

 この人が、リチャード田沼か……。

 琉旺さんを、ずっと付け狙っている、恐らく今回の黒幕。



「派手にやってくれましたねぇ。部下たち、酔っ払っているんですかね?」

 ロンちゃんが、グデングデンに酔わせた手下のことを言っているらしい。

 けれど、特に返答が欲しいわけではないのか、すぐに口を開いて喋り始める。

「ルオーさん、そろそろ私……のところに来て、くれませんかね?

 もう、ずぅっとあなたの事を焦がれているというのに、貴方は、ちぃっとも、私の想いに応えてくれない……。

 もぉう、私は、苦しくて、限界ですよぉ」

 リチャードは、所々イントネーションがおかしいものの、かなり流暢に日本語を話す。


「リチャード、なぜ竜口の叔父を誑かした?

 今まで、こんな節操のない方法は取らなかったはずだ。

 何か切羽詰まった背景があるんだろう?」

 琉旺さんに指摘されて、リチャードは、髭だらけの口元をニンマリと歪めて笑う。

「貴方は、相変わらず、勘がぁ良いのですね。そお言うところも、素敵です。

 その勘も、竜の血がなせる、技なんですかねぇ?」

「リチャード………お前、ずっと日本こっちにいるな。

 アメリカむこうに居ずらくなるような、何があった?」


 琉旺さんは追及の手を緩めない。

 今まで軽口を叩いていたリチャードは、口をつぐんだ。

 表情に、ありありと出はしないが、図星だったのだろう。口元の髭がヒクヒクと動いている。

 もっと、ポーカーフェイスを装いたいなら、口元の髭は剃るべきだな。


「ルオーさん、相変わらず嫌ぁな子ですね。子供の頃から嫌ぁな子だった。

 大人になって、もっと嫌ぁな感じに磨きがかかってるよ?」

 リチャードは、嫌そうに鼻に皺を寄せると、大袈裟に肩をすくめて見せる。

 彼の隣にいる、戦闘員のリーダーに目で合図をして、顎をしゃくった。


 リーダーの男は、一つ頷くと一瞬でダッシュして、気がつけば私の目の前にいた。

 

 え?

「ちょ……、何すんのよ!離して!!」

 あっという間だった。

 リーダーの男に、腕を取られてしまい、動けない。

 油断して、琉旺さんと少し距離を空けていたのがいけなかった。

 男は、私の腕を後ろ手に握ったまま、琉旺さん達から距離を取る。

 

 

「陽菜子に触るな!腕を離せ!」

 琉旺さんの怒号が聞こえる。


 どうにか、数珠を上手いこと使って逃れられないかと、腕を捻ってみたけど、自分の腕が痛いだけで、男に掴まれた腕は、全く動かない。

 あんなゴロツキどものリーダーをしているだけのことはあるようだ。


 これ、下手に暴れると怪我するかなぁ……。

 大人しくしておいた方が賢明かもなぁ……。

 元来の諦め癖が出て、体から力が抜けた。

「なんだ?ねぇちゃん、諦めちゃった?」

 男は、嬉しそうに言うと、ぐいっと腕を引っ張った。

 体が傾いて、倒れ込むように男の腕の中に上半身をもたれかけてしまうと、素早く体を抱えあげられる。



「触るな………って、言っただろうが!!」

 此方を見ていた琉旺さんの瞳が、ギラリと金色に輝く。

 それを合図にするように、小さな音が聞こえてくる。


 パキ………ピキ、パキ、パキ……ペキ


 プラスチックのケースが鳴るような、乾いた高い音が聞こえたかと思うと、琉旺さんの着ているシャツが、もともと破れていた箇所から、更に破れが広がる。

 理由は一つだ。

 彼の体が肥大化しているせいだ。

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