第69話 ここが一番安全です

 気がつくと、竜の姿はなく、ロンちゃんが首を逸らしながら私の方を見ていた。

「え???ロンちゃん、素の大きさに戻っちゃったの?」

「我は、力を使い果たしたからな。長時間、あの姿を維持するためには、もっと大きな力が必要になる。

 今回は、ここまでだ」

 ロンちゃんは、ちょっと疲れたように、口髭をゆらりと動かした……。

 あれ?口髭残ってる……。

 可愛いからいいけど。


「で、この光る玉はどうすりゃいいの?」

「ふむ。それか?それを、卵の中に入れれば良い。

 我の力が集まっておるからの。刺激となって、程なく孵るはずじゃ」


 …………入れる?卵の中に……一体どうやって?

 私は、玉を見つめながら、しばらく固まっていたけれど、可愛く首を傾げて此方を見る、黒い瞳に負けてソロソロと卵の方に近寄ってみた。

 

 

 恐竜の卵って、こんなに小さいんだ……。なのに、すごく大きくなるんだな。

 どんな恐竜が生まれてくるのか分からないけれど、きっとすごく可愛いに違いない。ロンちゃんが、心配ないとは言っていたけれど、私も出来うる限りのことをして、育てようと心に決める。

 私が持っていたミルク色の玉は、中身のミルクがウネウネとゆっくり攪拌されるように動いている。

 暫く、その動きを目で追っていると、ほんのり優しく光り始めて、私の手の平からスルリと浮かんだ。そうして浮かんだ玉は、卵の中に入っていった。

 自動?どうやって入れりゃあ良いんだろうと、悩んでたのに、まさかご自分で入って下さるとは。


 玉が入って程なくすると、卵に小さな亀裂が入り、やがてパラパラと外側の殻が剥がれて、小さな頭が顔を出す。

 現代に生きている私が、こんな場面に遭遇できるとは夢にも思わなかった。

 感動で、胸の内が熱くなる。

 少し長い首を出して、薄い茶色をした体を徐々に卵から出した赤ちゃんは、“ピュイピュイ“と、甲高い声をあげて泣き始めた。

 20cmほどの体に、四本足の竜脚類だろうか?

 小さい……。卵の大きさからして分かっていたことだけど、とても恐竜の赤ちゃんだなんて思えない。


「ひなこ。ここを開けろ」

 ロンちゃんに言われて、クリーンベンチの全面シャッターを開ける。

 恐らく、お腹が空いて泣き始めた赤ちゃんに、心得たとばかりにズイズイ作業台の中に入ったロンちゃんは、赤ちゃんに寄って行って長い舌でぺろり、ぺろりと舐めてやっている。

 その行為によって、エネルギーの受け渡しでもしたのか、その子は途端に大人しくなって、ロンちゃんに体をくっつけて丸くなると、目を閉じて眠ってしまった。

 ぐぅっ………可愛い。泣きそうだ。


 そのままにしておくと危ないので、作業台の中に手を突っ込んで二匹を抱き上げる。

 しかし、このまま抱っこしておくわけにもいかないし、どうしたら良いもんか?

悩んだ私は、シャツの胸ポケットをグイッと引っ張って、指さした。

「ロンちゃん、一先ずここに入ってて。

 パンツのポケットは、押しつぶす危険があるからね。

 胸ポケットここなら、比較的安全だと思う」


 コクリと頷くような仕草をしたロンちゃんは、スルスルと私の手から胸ポケットへと移動した。

 その胸ポケットにいるロンちゃんを見つけた琉旺さんがビシリと固まる。

「おい、ロン……どう言うことだ?

 俺だって、その場所にはまだ踏み入ったことのない未踏の地なんだぞ?

 それをどうして、お前が先に踏み入ってるんだよ……」

 訳の分かららないことをブツブツ琉旺さんに言われて、ロンちゃんはスルスルと逃げるように、私の肩を伝って首の裏に逃げ込んだ。


「あっ………ロンちゃん、やめ……そこ、……くすぐた……」

「ロォーーーーンーーーー」

 地を這うような琉旺さんの声に、首筋にいるロンちゃんが更に私の髪の中に潜り込もうとする。

「あぁん……やだ、ロンちゃん……」

 私が、喘ぐ拒否するとすぐ様シュウちゃんがやってきて、

「出来ればその場所ではなく、ケージの中に入って頂けますか?

 ここが一番安全です。」

と、ケージの蓋を開けながら、ロンちゃんと、恐竜の赤ちゃんに敬語で話しかけている。

 ロンちゃんは、私の首の後ろから出てきて、仕方がなさそうな顔をすると、私の手の平で眠ってしまっている赤ちゃんの体を、ズイズイと鼻先で押してケージに入れようとした。

 けれど、赤ちゃんの体が小さいとはいえ、ロンちゃんにとっては、あまり体格差のない相手だ。

 上手くいっていない。

 あまりの可愛さに、ニマニマが止まらない私は、そっとその子の体を、ケージに入れてやった。

 それを見届けたロンちゃんは、安心したようにケージの中に入った。



 ケージの中では、二匹が寄り添うように体をくっつけて、恐竜の赤ちゃんは、安心したように眠っている。

 なんて尊いんだ……。


 二匹の姿を見て、幸せに満ち溢れていたのに、私の至福の時間を壊すかのように、部屋の中に笑い声が響く。


「フハハハハハッ。Nice to see you.Mr.ルオー」

「…………確かに、久しぶりだな。リチャード」

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