第61話 ねぇちゃんのか、チャン♪

 ナニソレ?

「ねぇちゃんが小さい時に、ねぇちゃんを置いて出て行った、ねぇちゃんの生みの親だよ」


 首を傾げて、目をシパシパさせている私を見て、本気で分かっていないと判断した遼ちゃんは、はっきりと分かりやすく『ネェチャンノカアチャン』について、説明してくれた。

「ああ……、あのヒト。

 で?なんで遼ちゃんが、その『ネェチャンノカアチャン』からこんな物を預かってくるの?」


 周りでは、琉旺さんと、シュウちゃん、ムウさんが、男たちを相手に暴れまくっている。

 だけど、私の心の中は、何もない真っ白な空間ができたようになって、酷く平坦な声が出た。


「あのね、ねぇちゃん。こんな状況だから、詳しい話は省くけど、あの人、ただ男と一緒に出て行ったのとは、違ったみたいだよ」

「ふうん……」

 一言、そう返した私の目をじっと見つめながら、遼ちゃんが口を開く。

「ねぇちゃん、聞いて。

 この前、向こうから接触してきて、俺も関わり合いになりたくなかったから、もう来んなって、突っぱねた。

 そしたら、一生関わるつもりはなかったけど、どうにも危ないことに首を突っ込んでいる様なので、ほっとけなかったって。

 どうも、ねぇちゃんの事、こっそり見てたみたい。

 で、それを持ってたら、陽菜子を守ってくれるだろうからって」


「そう。

 ごめんね、遼ちゃん。お使いみたいにされちゃって。

 だけど、イラナイ」

 私は、遼太に、持っていたネックレス状のものを突き返す。


 ソファの向こう側では、私たちを守ろうと、シュウちゃんが男たちの攻撃を跳ね返してくれている。

 ドゴン!と椅子が飛んで壁にぶつかる音や、琉旺さんに蹴られた男が、「グフ!」と低い呻き声をあげる声が聞こえる。

 でも、そんな情報も私の脳には入ってくるけれど、真っ白の部屋の中にいるような、私の心の中には入ってこない。



「ねぇちゃん!!聞けよ!!」

 遼ちゃんが、大きな声を出す。グイッと私の手を引っ張って、私の意識を自分に向けようとする。


 3つ下のこの弟は、小さい頃こそ、小競り合い的な喧嘩も良くした。

 けれど、特殊な家庭環境を、お互いに良く理解してからは、どちらかというと対外的にお互いを守りあって、育ってきた。

 今でも、生意気なことを言ったり、細々と口うるさく注意したりってことはあるけれど、大声で怒鳴るなんてことはなかった。


 私は、ショックと驚きで、遼ちゃんをポカンと見返す。

「ねぇちゃんの母ちゃんのことは、信用しなくても良いよ。

 今、急に、信用しろなんて無理な話だってことは、十分わかってるよ。

 だけど、俺の言うことは信用して」

 泣き出す前のように、目の端を赤くして、遼太は、私に話しかける。


 私が突き出した、ネックレス状の物をグイッとこちらに押しやる。

「それ、お守りだって。神道数珠って言ってた。180個、石がついてるんだってさ。

 正直、俺にも良く分からないけど、それを持ってれば、ねぇちゃんのことを守ってくれるし、ねぇちゃんの大事な人のことも守ってくれるって」


 そう言われて、じっと手に握った数珠を見る。

 神道数珠……そんなのあるんだな。数珠は仏様だけだと思ってた。

 まぁ、そもそも神にも、仏にも祈ったことない私は、詳しくないんだけど。

 恐らく、琥珀を使っているんだろう珠は、まるで琉旺さんの瞳のように、金色に煌めいて見える。


『ひなこ、良い子ね。神様も、ひなこが良い子なの、いつも見てくださってるよ』

 澄んだ声で、私の名前を呼び、白い手で頭を撫ぜる。

 黒い、綺麗な瞳を優しく緩めて微笑む人。

 私の中で、幾重にも紗がかかった記憶の、奥の方に住んでいる人。


「綺麗ね……。

 私のこと、守ってくれるって、一体、如何やって守ってくれるんだろうね?」

「あ〜………いや、方法はよく分かんないんだけど。

 なんか、ねぇちゃんが持ってさえいれば良いって言ってて……」

 遼ちゃんが、苦り切った声で答える。

「本当なら、今こそ守って欲しいよね」

 そう言いながら、私も苦笑いを返した。




「なー、なー、なー。

 お話終わった?そろそろ現実に戻ってきてくれへん?

 マジでやばい状況やで……」

 三嶋さんは、どうも私たちの重たい話が終わるのを待っていてくれたようで、終わっただろうことを見計らって、話しかけてきた。

「ごめん。確かに、なんかヤバいですね」

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