第56話 恋人の歳くらい覚えとけよ……
酸欠で、目を回す寸前だった私から少し体を離すと、琉旺さんは心底嬉しそうに笑った。
「陽菜子、嬉しい。
好きな人から、気持ちが帰ってくると言うのは、こんなに嬉しいもんなんだな」
子供みたいに、無邪気に言う彼がおかしくて、クスクス笑った。
「笑うなよ。俺、どうも陽菜子が初恋みたいなんだからさ」
「は?初恋?私が?」
琉旺さんの言葉を聞いて、この人いくつだっけと頭の中の記憶を掘り起こす。
なんだか、前にシュウちゃんに聞いてはいたんだけど、たいして興味がないもんだから忘れかけていた。
「琉旺さんって、34?5?でしたよね?なのに、初恋?え??もしかして、ドー……」
「いや、いや、いや……、違うぞ。ほどほど経験はあるぞ。
っていうか、サラッと口にしようとするな。お前、変なところで恥じらいがないな」
琉旺さんは、真っ赤になりながら怒ったように言う。ドー○ーと言う言葉を口にするのは、そんなに、怒られるようなことだったのか……。知らなかった。
「因みに、34だ。恋人の歳くらい覚えとけよ……。
自分でいうのもなんだけど、経験があるのと、気持ちがあるのはイコールじゃ無いんだよ。
俺、自分が好きになる前に、女から寄ってくるから。
思春期の頃は、好きって気持ちよりも、興味の方が勝るからさ。
その……、だから……、陽菜子が、初めて好きになった人なんだよ……」
堂々と、碌な男じゃないセリフを吐いた彼は、チラリとこちらを見ながら、赤い顔でモジモジする。
碌でもないはずなのに、隣にいる人が乙女に見えてきた………。
「可愛い……。私も、生まれて初めて、家族以外の人間を可愛いと思いました」
ニンマリ笑いながら答えると、琉旺さんは複雑そうな顔をした。
「なんか、あんまり嬉しくない」
「ところで、なんでこんなところに引きこもってるんですか?」
あんまり、深く話すと面倒臭そうなので、サラッと違う話題にしてみる。
琉旺さんは、眉間に皺を寄せて、ちょっと口を尖らせる。不満らしい。
でも、そんな仕草も可愛い。
なるほど、好きになると、何でもかんでもピンク色に見える。これが、恋愛フィルターというやつか。
興味深いな。
ピンクの他は、何色に見えるんだろう?
「なんか、違うこと考えてるだろう?分かるぞ!俺は、陽菜子のことなら、なんでも分かるんだからな!」
ブツブツ文句を言いながら、先を話す。
「正直なところ、分からないんだよ。
竜口の家に、リチャードの襲撃があったって連絡があったのが、3日前だ。
ここは、俺の屋敷と違って、街のど真ん中だからな。こんなところで、ドンパチやらかしたら大事だ。
だから、シュウと慌てて飛び出したんだ」
ところが、やって来てみれば、竜口のお屋敷はひっそりとしている。
兎に角、確認した方がいいと思った琉旺さんと、シュウちゃんは、お屋敷の中に入ったそうだ。
ムウさんは、この時の監視カメラの画像を見たんだろう。
電話をかけて来たと言う、竜口の警護責任者のところに行くために、案内をするために待ち構えていた竜口の家人の後をついて行くと、怪しげな研究施設のような所に入っていく。
「ここは、何の為に作った施設だ?」
「私は、この施設が使われなくなってから、こちらのお屋敷に勤め始めたので、詳しいことは分からないのです。
警護長が詳しいと思いますので、警護長から説明してもらいます」
案内した男は、そう言うと黙々と前に進む。
そのうち、いくつかのドアを抜けると、後ろについてきているはずのシュウちゃんが、居なくなっているのに気がついた。
その時には、数人の男に取り囲まれ、あっという間に、さっきの部屋に押し込められていたと言うことだ。
先ほど琉旺さんが閉じ込められていた白い部屋には、竜家の力が使えなくなる、若しくは弱まるような仕掛けが施されていたようで、力が使えない=普通の人になってしまった琉旺さんには、簡単には抜け出せなかったそうだ。
「おそらく、シュウも似たような部屋に入れられているんだろうと思う。
力が使えないからと言っても、俺もシュウも訓練して鍛えてあるからな。
抜け出そうと思えば、不可能ではないんだが、もう少し様子を見て、黒幕を暴けないかと考えていたんだ」
「黒幕………ですか?誰か心当たりがあるんですか?」
「……まぁ、単純に考えて、一番怪しいのは、竜口の叔父だな。
叔父の性格から考えて、屋敷の地下に、勝手に施設を作るのを気付かぬはずはないし、昔の施設だとしても、それを勝手に使用しているのを見過ごすはずもない」
難しい顔で竜口の当主のことを語る琉旺さんを見ていて、急に思い出した。
「そうです!忘れてました。
唱子さん!彼女も、琉旺さん達と同じく3日前から行方が不明だそうです」
「唱子も?だからムウが一緒に行動しているのか」
コクコク頷いた私をじっと見て、琉旺さんはすくっと立ち上がった。
板がミシとも言わない。まるで、体重を感じさせない立ち方だ。
私に手を差し出して、立ち上がらせてくれる。
「じゃあ、他のメンバーを探しに行くか。
ところで、陽菜子。琉旺じゃない。ルゥだ。そう呼んでって、言っただろう?」
板が抜けないようにするためか、そろりと私を抱き寄せた琉旺さんは、顔を近づけてくると、チュッとキスをする。
急にキスをされて、驚いて、パシパシ瞬きをする私に、また顔を近づけてくると、今度は、ペロリと舌で唇を舐めた。
「な……、る、琉旺さん。今、なめ……」
今、舐めましたよね?そう言おうとした私の唇を、カプリと食むと、また舌でペロペロ舐める。
唇を舐められて、反応ができずに赤い顔をして、固まっている私を見ると、色気ダダ漏れの金色の瞳を、薄く眇めて、ふっと空気が漏れるように笑う。
「ルゥだよ、陽菜子。今度から、間違った数だけ、お仕置きするから」
お仕置き宣言されて、自分がまさか生きた3次元の人間相手に、そんなセリフを聞くとは思ってもいなかった。
固まっている私を長い腕で囲って、フフフと楽しそうに笑う。
笑うたびに、優しく揺れていた琉旺さんの動きが、ぴたりと止まって、パッと目線が違う方向を向く。
彼の体の筋肉がキュッと力が入って硬くなる。
何かがやってくるんだ。
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