第55話 同じものを何度も買います
泣き出した私に、琉旺さんは、一言
「わかった」
と答えると、数歩後に下がる。
途端に私は、怖くなった。
あ………呆れた?琉旺さんが行っちゃう……。
焦った私は、慌てて、「飛び降ります。だから行かないで」って言おうとした。
そうしたら、彼は、助走をつけて勢いよく飛び上がった。
外した通風孔の穴にガッと手をかける。
天井が、ミシッと一際大きな音を立てた。
「陽菜子、悪いけど、ちょっと後ろに下がって」
言われた通りに、ズリズリと後ろに下がると、両肘から上を穴の中に入れて、突っ張るようにして頭を入れる。
ミシミシ鳴っている音を無視して、無理やり肩を通すと、そのまま上半身、続いて下半身を狭い穴から出して、天井裏にスルリと登ってきた。
すごい!恐竜だからできるんだろうか?
それとも、前に言ってた訓練で、こんな技も習得する?
まさか、この通風孔から無理やり入ってくるとは思ってなかった私は、目の前にいる琉旺さんをポカーンと口を開けて眺める。
「もうさ、俺がここを通るのって、かなり無理があるよなぁ……」
そう言って、フーっと息を吐く。
「る……」
「陽菜子、シー……。大丈夫だから、ゆっくりこっちへおいで」
琉旺さんは、私の方へ手を伸ばすと、ゆっくりと手を引っ張って、引き寄せた。
天井は、ミシミシと嫌な音を立てている。
当たり前だ。私たち2人の体重を支えるようにできていない、薄い板はいつ抜けてもおかしくないのだ。
でも、琉旺さんは、小さく笑うと、私の体をギュウッと抱きしめてくれた。
ほっと息を吐いて、琉旺さんの胸に顔を埋める。
琉旺さんの温かい体温と、心臓の音が自分の体の中にも響いてリンクして、こんな状況なのに心地良い。
溢れ出した涙が止まらない。
「大丈夫。陽菜子のことは、絶対に俺が守る。
俺は、陽菜子を放ってどこにも行かない。陽菜子の手を離したりしない」
静かなゆっくりとした声で、琉旺さんが、子供に言い聞かせるように耳元で囁く。
彼が、私の背中をゆっくりと撫ぜてくれるのが、子供扱いされているようで、ちょっとムッとする。
なのに、それでいてとても安心してしまう。
この、薄暗い天井裏の非現実の空間が、私を素直にさせるような気がする。
こんな時だけど、でもどうしても琉旺さんに伝えておきたい。
「琉旺さん……、しゃべっても大丈夫?」
暫く、周りの気配を探るように一度目を閉じて、ピクリと琉旺さんの耳が動く。
そうして、ゆっくり目を開けると私に微笑む。
「うん……良いよ。小さい声でなら」
赦しを得た私は、ボソボソと琉旺さんの胸に顔を押し当てたまま、言葉を紡いだ。
「あのね、私、実はモノへの執着心が強いんです。
気に入らないと絶対に買わないし、一度気にいれば、壊れてどうにも使えないようになるまで使い倒します。
靴も鞄も、同じものを何度も買います。
着ているパンツもブラジャーも、タンクトップも、同じものを何枚も持ってます。
それじゃないと、駄目になっちゃうんです。
だから……、だから………、一度手に入れてしまったら、手放せなくなっちゃう。
一度、依存してしまったら、もう離れられなくなっちゃう……。
だから、琉旺さんが私のものだって思っちゃうのが怖い……」
「………陽菜子。怖がらなくても大丈夫。
俺の方こそ、もう陽菜子のこと手放せない。だから、陽菜子も俺のこと、手放さなくていい。
ずっと、陽菜子のモノでいさせてくれ。
ずっと離れないで、俺のモノでいてくれ」
琉旺さんは、ギュウッと私を抱く腕に力を込めて抱きしめると、頭のてっぺんにキスをする。
ソロリと顔を上げた、私の額に、目尻に、頬にもキスをする。
琉旺さんのキスを受け入れた私は、そっと目を閉じた。
今度はちゃんと、目を閉じるタイミングを間違わなかった。
私の唇に琉旺さんの湿った唇が、チュッチュッと小さな水音を立てて押し当てられる。
そのまま何度か角度を変えて、唇が降りてくると、今度はハムリと口を開けて食べられた。
キスの合間に、低くて甘さを感じる琉旺さんの声が、何度も私の名前を呼ぶ。
「陽菜子………陽菜子、好きだ……ひなこ」
「る……おうさん……私も……」
「陽菜子、ルゥだ。ルゥって呼んで……」
私の頬や耳にチュッとキスをしながら、琉旺さんの声が、鼓膜に直接流れ込んでくる。
まるで、トカゲちゃんのザラリとした体に触れた時のような興奮が、私を襲って、ゾワゾワと肌が泡立つ。
首筋をぺろりと舐めた琉旺さんの吐息が、ハァと耳元で聞こえる。
「ルゥ………すき」
もう、息も絶え絶えになりながら、愛しい人の名前をどうにか呟いた唇を、琉旺さんは今度は少し強引に塞いだ。
「陽菜子……、ひなこ………」
小さく、けれど熱い温度を感じさせる声音で、何度も私の名前を呟きながら、唇を食べるように、自分の唇で挟んでキスをする。
そんな彼の体に体重を預けて、どんどん溶けていってしまう、自分の脳みその存在を感じていた。
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