第47話 今は、陽菜子もいるよ

「陽菜子、今日は嫌な思いをさせて、ごめん」

 庭に出てきた琉旺さんは、また私に謝った。

 私は、黙って首を横に振る。


 正直、琉旺さんのおじい様が、ああも尊大だとは思わなかった。

 うちのおばあちゃんが、優しかったからか、お年寄りっていうのは、孫には優しいんだと無条件に刷り込まれていた私は、ちょっとショックだ。

「琉旺さんと、おじい様はいつもあんな感じなんですか?」

「う〜ん、そうだな。小さい頃は、もうちょっと優しかったけどな。

 でも、俺が次期王を継ぐって決まった時点から、厳しくなったな。

 責任とか、竜家の繁栄とか、そんな物を背負うに相応しい人間に育てたかったんだろうな」


 静かな庭に、静かに琉旺さんの声が響く。

 以前、シュウちゃんから聞いた話では、琉旺さんのご両親は、海外で暮らしているそうだ。

 ご両親も、あまり琉旺さんに口出ししないし、琉旺さんもご両親を頼ることは殆どないそうで、親子という関係性が希薄なのだそうだ。


「おばあ様は、どんな方なんですか?」

 琉旺さんの周りにいるだろうもう1人の人のことが気になって聞いてみる。

「ばあ様は、俺に優しかったよ。

 ただ、中東の国の王女さまだって言っただろう?だから、あんまり日本にいないんだよ。

 向こうとこっちなら、向こうにいる方が多い。

 じい様は、あれで、ばあ様に惚れてるから、色々許してるし、自分が自由になる時間は、ほとんど向こうに行ってる」

 ふふっと、消えそうな吐息を溢して琉旺さんが笑う。

「じゃあ、琉旺さんとずっと一緒にいたのは、シュウちゃんだけなの?」

 寂しそうに笑った彼の声が、胸に染み込んで、自分まで寂しくなった私は、我慢出来ずに、突っ込んだ事を聞いてしまった。


 

 シュウちゃんの腫瘤が大きくなって、私を、強引にお屋敷に連れて行った時の琉旺さんを思い出す。

 大学の周りを、何日もウロウロして、猛禽女子たちを騒がせたかと思えば、こっそり待ち伏せして、車に強引に私を乗せたあの日。

 それまで、丁寧だった態度は、私に通用しないと分かった途端、偉そうで、ぶっきらぼうな口調に変わって、まるで命令するみたいだった。

 主従や雇用の関係しか経験のない彼は、素の状態で他人に、どうやって接したら良いのか分からないのかもしれない。


 仕事をしている様子や、ご近所さん達とのやりとりを見ていると、作り上げた自分で対応するのは問題ないのだろう。

 でも、作った自分が通用しない相手に対しては、どんな態度を取ればいいのか分からないのかも。琉旺さんの態度は、酷く尊大だった。

 ただ、あの時、彼の唯一と言っても良い、家族であるシュウちゃんを心配している気持ちは、痛いほど伝わってきた。

 だから私は、首を縦に振ったのだ。

 あのまま、他所行きの顔で頭を下げられても、私は断固として断ったに違いない。



 じっと私を見つめていた彼は、もう一度笑うと、私に近づいてくる。

「今は、陽菜子もいるよ」

 そう言われて、衝動的に琉旺さんに抱きついた。


 琉旺さんに寄り添ってあげたい。

 琉旺さんの事を理解してあげられる存在になりたい。

 抱きしめて、キスをして、大丈夫だと言ってあげたい。

 そのままの貴方を愛しているよと言ってあげたい。


 でも、そんな気持ちをどうやって伝えればいいのか、分からない。

 今まで真剣に誰かに気持ちを伝えようだなんて思ったことのない私は、こんな時に気持ちを言葉にする勇気が持てない。

 言葉にしてしまえば、その言葉が、気持ちを上書きしてしまう気がして、言葉が出てこない。

 途方に暮れて、琉旺さんの胸に頭を押し付けて、ギュウギュウ琉旺さんを抱きしめた。

 月明かりが照らし出した2人の影は、きちんと一つに重なっていたけれど、気持ちはどうだったのだろう?

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