第46話 コオロギならあるよ

「やぁぁぁぁぁ、カッコええわ!カッコええ!!」



 今まで、お台所の扉から、黙って事の成り行きを覗き見ていた三嶋さんが、出てくる。

 興奮した声で、カッコイイを連呼しながら、私の肩をバシバシ叩く。

「あんた、そんな啖呵切れたんやな。私、あんたのこと見そこのうてたわ」

 呼びもあんた呼びだ。

 目がキラキラ輝いて見えるから、楽しいんだろうな。


 かと思えば、おじい様に向かって、悪そうにニンマリ笑って見せる。

「おじいちゃんも、若いもんを甘う見とったら良うないよ?

 ……おじいちゃん、結構色んなところでお顔が出てるんやね。

 ちょっとネットで調べたら、おじいちゃんの顔バンバン出てきたわ」

 三嶋さんは、手に持ったスマホをヒラヒラさせながら、おじいちゃんを連呼した。


「今日おじいちゃんが、彼女に声かけはったとこから、動画に撮らせてもらいました。

 まぁ、どうするとも言うたりせんけど、一先ず、今日のところは、お帰りたら?」

 良い笑顔でおじい様を挑発する三嶋さんに向かって、おじい様がこちらに体を向ける。


 来るなら来い!

 そう思って拳を握った私の前に、ソファから立ち上がった琉旺さんの背中が影を作る。

「その通りです。じい様、お帰りください。

 人様の家に上がり込んで、その態度と暴言は訴えられても文句を言えない行為ですよ?」

 私のことをじっと見ていたおじい様だが、結局何も(お邪魔しましたとも、お騒がせしましたとも)言わずに、スタスタと玄関を出て行った。

 


「祖父がすまなかった……」

 琉旺さんは、おじい様が出て行った玄関で、私に頭を下げた。

「いいえ、琉旺さんが悪いわけではないので、謝らないでください」


 まただ。

 竜家の人間が引き起こした身勝手な行為を、琉旺さんが謝る。

 竜家の時期王として、自分の身内が起こした行為に対して、責任を負う事は当たり前のことかもしれない。

 けれど、私は琉旺さんに謝ってほしくなどないのだ。




 折角、三嶋さんが来たのだから、予定通り天ぷらをすることにする。

 天ぷらの用意をしていると、遼ちゃんが帰ってきた。

 よく考えたら、遼ちゃんがいなくて良かったよ。

 遼太とおじい様が鉢合わせたらと考えて、ブルリと身震いが起こった。

 もう、間違いなく、ずっと吠え続けるであろう遼太の姿が目に浮かぶ……。


「ねぇちゃん、すげぇ難しい顔してるけど、天ぷらの材料でも足りないの?」

 天ぷらの衣を混ぜている私の顔を、下から覗き込むように見ながら、遼ちゃんが聞いてくる。

 ふふっと笑いが溢れた。

 我が家のあざと可愛い担当は、私の癒しだ。


「うん?ちょっと高い食材買いすぎたかなと思って、明日からお漬物と味噌汁だなって思ってたの」

「え?漬物と味噌汁………タンパク質はないの?」

「コオロギならあるよ」

「ウゲ……俺、肉食いたい」

「でも、牛を盗って来る訳にはいかないでしょう」

 私たちのくだらない話に、三嶋さんが割り込んでくる。

「姉弟仲がええんやね。陽菜子ちゃんに良う似てはるわ。遼ちゃんていうの?

 初めまして。私、三嶋ていいます」


三嶋さんは、今度は陽菜子ちゃん呼びだ。

 2人には、何か通づるものがあるのか、あっという間に仲良くなった。

 我が家のアルマジロトカゲのロンちゃんが食べる、コオロギの上手なやり方を、三嶋さんに教わって遼ちゃんが、キャーキャー叫んでいる。


 琉旺さんのおじい様が、散々撒き散らして帰った嫌な空気を、天ぷらの美味しさと、遼ちゃんの明るさ、三嶋さんの遠慮のない物言いが楽しい空気に変えてくれた。

 それでも、時折、琉旺さんは笑いながらもフッと暗い影がさす。


 結局、琉旺さんと肝心な話ができなくて、また来てもいいかと言う三嶋さんに、適当に返事をした私は、彼女が帰った後、琉旺さんを庭に誘った。


「琉旺さん、庭に植えたコスモスみませんか?」

 今夜も、月が綺麗だ。

 月明かりでみる、秋の花もきっと美しいに違いない。

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