第45話 このジジィ、我慢ならん
往来で立ち話をしていると、またご近所さんが出てきてしまう可能性があるので、渋々ながら我が家に、おじい様をお通しする。
居間のソファにどかっと偉そうに腰掛けたおじい様は、ぐるりと家の中を見回して、ふんと鼻を鳴らした。
さっきのゴルフクラブ借りて来ようかな……。
一緒に帰ってきた三嶋さんには、お台所に引っ込んでいて貰う。
不本意ながら、お茶をお出しすると、目の端でチラリとそれを見ただけで、口をつけようともしない。
ビックリするくらい横柄な人だな。
私は、特に話すこともない……と言うか、話したくないので、ソファの後ろに控えているシュウちゃんの横に、お盆を持ったまま立つ。
裸足で外に出たので、玄関先で足を拭いてから上がってきた琉旺さんが、自分の向かいに腰掛けるのを待っていたかのように、おじい様は口を開いた。
「ルゥ、いつまでも、こんなあばら家で遊んでいないで、本家に戻ってこい。
嫁を取る気になったのなら、わしがいくらでも見繕ってやる」
その言葉を聞いた途端、琉旺さんが纏っていた空気が、一気に黒い色になったように見えた。
「じい様、口が過ぎますよ」
明らかに怒気を孕んだ低い声を出した琉旺さんを、おじい様はハッキリと鼻で笑う。
「フン。そこの娘のどこがいい?
父親は、年中色んな女のところをフラフラして、我が子を養いもしていない。
母親は、この娘が小さい頃によその男と出て行ったっきりだというではないか。
家に金もなく、強固な後ろ盾があるわけでもない。
帰ってくれば、お前の屋敷のスタッフも返してやろう。シュウ、お前怪我したんだろう?」
ニヤリと悪そぉぉぉに笑う。
「はっ。精進が足りませんで……」
シュウちゃんが、神妙に返事をする。
そうか、琉旺さんがいうこと聞かないから、屋敷のスタッフを取り上げてたんだ。それで、あんなに設備が整っているのに、獣医師もいなかったのか。
ついでに、私のことも調べたのか、だからこそ会った時から、私が雛形でも浦でも、どちらでもいいような態度だったんだな。
おじい様は、私が目的ではなく、私の家にいる琉旺さんが目的だったのだ。
まぁ、生まれてからこの方、家のことで馬鹿にされるのは、それこそいつもの事なので、たいして腹も立たない。
ただ、今、ハッキリと敵認定されたけど。
私の前に座っている琉旺さんの大きな背中に、ギュウッと力が入るのが分かる。
「陽菜子と親は関係ない。陽菜子のことを悪様に言うのはやめてもらいましょう。
それに、俺は、番に金も後ろ盾も求めません」
トカゲちゃんが威嚇する時のようなシャーっという音が聞こえたような気がする。
琉旺さんは、ますます周りの空気を黒く変えていく。
私は、大人なので、別に大して腹は立ってなかったけれど、琉旺さんが私のことで怒ってくれているのは嬉しかった。
ところが、おじい様は眉を少し上げると、いかにも小馬鹿にしたように琉旺さんを見て、口を開いた。
「ハッ、ひよっこが!甘っちょろいことを言う。
だから、わしはいつまでもお前に、王の座を譲れんのだ」
カッチーン!!このジジィ、我慢ならん。
いつもは、嫌なことがあっても時の流れに身を任せる私だが、この爺さんには寄り添えそうにない。
「お言葉ですが、時代の流れと言うものを鑑みてお話になっておられますか?
あなたの時代は、2世代前でしょう?その頃の当たり前は、今の当たり前ではなくなっていますよ。
家を繁栄させたいとお考えなら、あなたの頭の中の古いお考えを捨てることを、お薦めします。
それに、あなたが今座っていらっしゃる椅子を、お譲りにならないのは、ただ単に、その椅子にまだ貴方がしがみつきたいだけでは?」
のらくらとおじい様に対峙するのを避けていた私が、まともに口を開いたのが、自分への批判だったからか、おじい様自身も、初めて私の事をちゃんと見た。
私たちは、じっと互いの目線を合わせ続ける。
やっぱり琉旺さんのおじい様なんだな……どことなく、纏う雰囲気が似ている。
茶色く見えていた目も、光の当たり方で、アンバーに近い虹彩に見える。
私たちは、たっぷりとお互いを見つめあっていた。
けれど、おじい様は、ふぅっと鼻から息を吐くと、とても平坦な声で私に言った。
「お前には、関係のないこと。人の家のことに口を挟まないでもらおう」
「そうですね。これは、失礼いたしました。
それでは、貴方も我が家には関係のない方。
我が家のことを勝手に調べた上に、我が家の中で、失礼な物言いをするのは改めて頂きましょう」
私も、平坦に聞こえる声で答える。
正直、私は竜家にいい印象など一ミリも持っていない。
お金持ちか、権力者だか知らないが、人のことを自分よりも格下だと思っているのを隠そうともしない。
おまけに、人の意見を聞きもせず、自分の思い通りにしようとする。
そんな人達のことを、とても良くは思えない。
腹の中がグツグツ熱くなっているのを悟られないような声を出せたかは自信がなけれど……。
他人様のことに、口を出すだなんて、私らしくないけれど………。
それでも、黙っていることが出来なかったのだ。
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