第41話 引き続き威嚇中。その後、襖に頭を突っ込みそうになる

 大学に程近い居酒屋の暖簾をくぐると、奥の座敷に、赤い顔をしてぼんやり焦点の合わない陽菜子がいた。

 誰だ?俺の陽菜子にこんなに飲ませたやつは?

 サッと視線を這わせただけでも、陽菜子を見てる男が数人はいる。

 その中に、陽菜子の近くで1人の学生と思しき女と、半分言い合いになっている男がいた。


 背の高い、なかなか整った顔をしている男で、ハイブランドとまではいかなくとも、着る物にも程々気を使っているように見える。

 学生じゃないな。助教あたりか?耳の良い俺は、2人の会話を拾う。


“大丈夫だよ。俺もう帰るから、ついでに雛形さんを送って行くよ“

“いいえ、さっき雛形さんの電話に着信があって、お家の人が、お迎えに来るて言うてはったんで、雛形さんを連れて行ってしもうたら、返って困るんですけど“



 男に関西の方言で言い返しているのが、恐らく電話に出た三嶋と名乗った学生だろう。

 義理堅く、陽菜子を守ってくれていたようで、ありがたい。

「遅くなってすみません。雛形 陽菜子を迎えに参りました」

 愛想良く言いながら、一緒にいた男をジロリと見る。

 男は、俺の視線を受けただけで、青い顔をしてそそくさとその場から立ち去った。

 ふん、俺に凄まれて逃げるくらいなら、俺の陽菜子にチョッカイかけようとするな!


「あ!さっき電話に出ました三嶋です。えらいすみません。

 こんなんなるまで飲ませてしもぉて……」

 三嶋さんは頭を下げてくれたが、勿論彼女が悪いわけではない。陽菜子だって、自分から酒を飲んだりしていないだろう。

 誰かが、陽菜子が飲んでいたウーロン茶を酒にすり替えたんだ。

 まぁ、よくある話だが、陽菜子には後で注意しとかないと!!


「とんでもありません。こちらこそ、ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ない。

 陽菜子?大丈夫か?帰るよ」

 赤い顔の陽菜子に話しかけると、彼女はぼんやりこっちを見た。

「ありぇ?琉旺しゃん?迎えにきてくれたんれすか?」

 やばい………その舌ったらずなの、めっさ可愛い!!神が俺のために遣わした天使か!

 内心、鼻血が出そうなほど、クラクラしたが何でもないような顔をして、座敷に上がる。


「陽菜子、立てるか?それとも運ぼうか?」

 優しく、声をかけると、陽菜子は両手を広げて、俺に向かってニへッと笑う。

「ん………抱っこ」

 ………………………………………

 くっ…………俺は、倒れそうになって足を踏ん張る。

 今のは、すごい破壊力だった。座敷の襖に、頭を突っ込みそうになった………。

 可愛い、可愛い、俺の陽菜子を、抱き上げると、三嶋さんが陽菜子の荷物を渡してくれる。



 座敷の入り口でやりとりしていた俺たちの様子を、中で酒を飲んでいた他の学生達が注目し始める。

 途端、“きゃあ〜“と、女どもの黄色い声が聞こえてくる。

 どこに行こうが付き纏う、この黄色い声と、視線には毎度のことながら嫌気がさす。

 しかし、陽菜子の研究室の仲間なのだろうから、今日は我慢だ。


「雛形さんのお友達ですかぁ〜?良かったら、一緒に飲みませんかぁ?」

「いや、まだ仕事を置いてきていてね。陽菜子を迎えに来ただけだから。

 折角のお誘いだけど、君たちで楽しんで」

 スーツ着てきて良かった……。都合よく言い訳できた。


 俺の首に縋り付いている、陽菜子の息が熱い。

 明日、二日酔いにならなければいいが……。帰ったら、シュウに酔いに効く薬を煎じさせよう。

 頭の中で、段取りを考えていると、

「おや?これは、竜凪さんではないですか」

と、声をかけられた。

 一瞬誰だろうと思ったが、すぐに思い出した。


「楢崎先生。ご無沙汰しております。

 若しかして、先生の研究室でしたか?」

 楢崎教授は、動物学を研究しているまだ若手の大学教授で、特に爬虫類の研究に精力を注いでいる。

 竜家がその研究のいくつかをバックアップしている間柄だ。

「ええ。今日は、学生達の飲み会だと言うんでやってきたんですよ。

 おや?彼女は雛形さんですか?」

「彼女、ウーロン茶を飲んでいたつもりが、酒が混じっていたようで、酔ってしまったと言うので、迎えにきたんです。

 ですから、今日は連れて帰ります」


 サッと、教授の顔色が変わった。

 俺の言葉で、何かを感じ取ったんだろう。聡い人だ。

 竜家は、研究内容だけを見て金を出しているわけではない。

 彼の、勘の良さやコミュニケーションスキル、政治的手腕なども全てひっくるめて買っているからバックアップしているのだ。


「残念です。雛形さんと話をするのを楽しみにしてきたんですが……。

 竜凪さん、また近いうちにご挨拶に伺っても?」

「ええ、どうぞ。今は、彼女の家に居ますので、先生が来られたら彼女も喜ぶと思いますよ。

 では、失礼します」


 陽菜子のいつもよりも熱い体温を感じながら、盛大にデレそうな顔の筋肉を引き締めて、挨拶すると店を後にした。

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