第42話 俺の理性よぉぉぉ鉄になれ〜!

 家に帰って、陽菜子を布団の上に下ろす。

 シュウは、酔いに効く薬を煎じて、飲みやすいように、冷蔵庫で冷やしてくれていた。


「陽菜子、酔い覚まし飲める?ちょっと苦いけど、これ飲んどくと二日酔いにならないから」

「う〜ん……、琉旺さん……飲ませて……」

 陽菜子は、くたっと俺に体重を預けてくる。


 ナンダロ?普段と別人……酔うとこうなっちゃうのかよ……。

 もう、絶対、俺のいないところで酒飲んじゃダメ!


 俺は、グラスを陽菜子の口元に持っていく。

 一口ごくんと飲むと、顔の中心に全部のパーツが集まるような表情になる。

 そうなんだよ……すっごい効くけど、すっごい苦いんだよな。

「るおーしゃん……、これ、ものすごく苦いれす」

 涙目になってる陽菜子が可愛い。

 その潤んだ瞳で見上げてくんの、反則……。

 なんだ?もしかして俺、誘われてる?


 そもそも陽菜子は、俺自身ではなく俺の鱗に惹かれているんだと、どこかに隠れていた自身のない俺が認めている。

 “こんな機会、なかなかないぞ!もうこの誘いに乗っちゃえば良いんじゃね?“

 そいつは、俺を唆そうとする。

 ……………いや、いや、いや!!


 “ビビデバビデブー アダブラカタブラ 俺の理性よ鉄になれ〜 ルララリラー“

 俺は、自分自身の身体強化を図る為、呪文を唱える。

 危なかったよ……もうちょっとで、かぶり付きそうだった。




「もう一口飲める?飲めたら、飲んで。明日が楽になるから」

「ん……」

 コクリと頷いて、嫌そうにグラスに口をつけるとグビグビっと飲んだ後、また顔中に全部のパーツが集まる。

 すこぶる可愛い………俺は今まで、どうやって、陽菜子という天使なしで生きてきたんだ?

「にっがーい〜〜〜〜」

 俺に、グラスを渡しながら、また涙目で俺を見上げる。


 ヤメテ……、せっかく鉄にした俺の理性を、根底から叩き壊そうとするのは。

 どうにか、頭の中でグツグツ煮えている何かを治めると、なるべく平坦で優しい声で話しかける。

「陽菜子、もう寝たほうがいい。明日は、休みだろう?」

「ん………明日の朝、水やり……」

「いいよ、やっとく。だから、もう寝ろ」

「琉旺さん………チュー」

 目元を赤くした潤んだ瞳で、トロンと俺を見上げてきた陽菜子は、鉄に変えた俺の理性に、爆弾を打ち込んできた。ナパーム弾級だ。

 幾ら、鉄に変えたからって、爆弾を撃ち込まれてはひとたまりも無い。


 え?????

 チュー?チューって言った?

 キスして欲しいの?

 それとも、チューリップ?

 チューインガム?

 チューバッ○?

 俺の頭の中で、でっかくて茶色い、毛むくじゃらの奴が、チューしろ、チューしろと、応援(?)してくれている。


 もうダメだ……。俺の理性はペシャンコになった。Yes I can!!!

「陽菜子……」

 俺に、くたっと体を預けている陽菜子にゆっくりと覆い被さって、顔を近づける。

 陽菜子が、俺のシャツをキュッと握る。

「る……おう……さん……」

 陽菜子の小さな唇に、チュッとキスする。


 ニッガ〜〜〜〜〜……酔い覚ましの味がする。

 それでも、陽菜子の唇の感触の誘惑に勝てなくて、何度も小さな唇にキスをする。

「るおーさん……」

 陽菜子が、小さくつぶやく俺の名前に、色んなものが焼き切れそうだ。

 パクリと下唇を食むように自分の唇で挟む。


 何度かキスを繰り返していると、俺のシャツを握っていた陽菜子の手がパタリと落ちた。

「ひなこ……?ひな………」

“くー、くー、くー……“

 え……寝ちゃった?

 陽菜子は、スヤスヤ寝息を立てて寝ている。

「ふふ……くふふふ……」

 鱗を撫でまわす夢でも見ているのか、楽しそうだ……。

 

 はぁ〜〜〜〜〜〜……。

 脱力した俺は、陽菜子の体を布団の上に転がすと、掛け布団をかけて、そっと部屋を出た。




 

 ザーー、ザーー、ザーー

 庭の水やりをしていると、“ピチュピチュピチュ“と庭木に来た鳥が鳴いている。

 朝の太陽が眩しい。


 昨日、PCに来ていたメールの返信をして、2、3電話をかけた後、布団に入ったが、陽菜子の潤んだ瞳とか、俺を呼ぶ声とか、柔らかい唇の感触なんかを思い出して、結局よく眠れなかった……。


 俺は、10代か!!

 思春期のガキか!!

 いや、思春期の頃だってこんなことはなかった。

 日々の勉強と、訓練でクタクタになって、女のことで眠れないなんてことは、今までの人生で一度もなかった。

 よーく考えたら、俺、34年間生きてきて、陽菜子が初恋なんじゃ……?


「琉旺さん……おはようございます。すみません、水やりしてくれてたんですね」

「あ……陽菜子。お、オハヨウ」

 なぜか急激に恥ずかしくなってきて、陽菜子から目を逸らす。

 自分の耳が、赤くなっている自覚がある。


「あのう……琉旺さん、私、昨日、どうやって帰ってきたんでしょう?

 若しかして、琉旺さんが、迎えにきてくれました?」

「………………陽菜子、覚えてないのか?」

「………はい。居酒屋で、暑くなっちゃって、ウーロン茶ガブガブ飲んだところまでは覚えてるんですけどぉ」


 クゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。


「陽菜子!!!お前、絶対、絶対、酒飲むなよ。

 今後、外で酒飲むの禁止!俺と一緒の時以外、酒が置いてあるところに行くのも禁止!!!!

 わ・か・っ・た・か????」

 朝の庭に、俺の叫び声が響いた。

 庭木に止まって囀っていた、白と黒の鳥は、一目散に秋の空に飛び立っていった。

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