第38話 陽菜子、目ぇ開けすぎ

「私、どうしたら良いですか?

 琉旺さんのこと、困らせたくないんです。

 だから、琉旺さんが、私と連絡取らない方がいいって思ってるんだったら、……私と一緒にいない方がいいと思ってるんだったら、その通りにするのが一番だと思うんです」


 喋ってて、喉の渇いた私は、琉旺さんが持っているペットボトルを奪って、中の水をごくごく飲む。

「プハーッ!

 ……でも、琉旺さんから電話がかかってくるの、ずっと待ってたんです。

 琉旺さんに、す、す、す…………き……だって言われたから、なんて返事したらいいのか分かんなくて、ネットでググったり、恋愛もののDVDをみたり、小説も読んでみたけど、答えが出なくて………」

「うん……」

 琉旺さんは、じっと私を見つめながら、短く返事をする。


「だから、若しかしたら、これは、なかったことにしたいってやつなんじゃ?って思って、色々ぐるぐる考えて……。

 もう、仕方がないから、ナミブ砂漠に埋めてやろうと思ったりもして」

 さりげなく、ぶっ込んだ埋める発言に、琉旺さんは器用に目線を逸らせる。

「もう、琉旺さんから連絡があるかのチェックばっかりしちゃうから、ここ1週間は携帯も見ないようにしてました」


 私は、また琉旺さんから奪った水を飲む。

 飲んだ分だけ、涙が出そうになる。

「うん」

 琉旺さんは、また短く返事をして、ほんの少し口角を上げて微笑んだ。

「でも、唱子さんのところまで、迎えにきてくれて、抱きしめてくれて、私の心配してくれたりする琉旺さんを見てると、駄目なんです。

 琉旺さんのこと、トカゲが服着てるって、思ってるだけじゃないです。

 私……、琉旺さんと一緒にいたい。

 離れたくないって思ってるんです。どうしたら良いのか、でも、わか……分がらないぃんでずうぅぅ」

 私は、とうとう感極まって泣いてしまった。



 琉旺さんは、持ってたペットボトルを、そっと私の手から奪い、その辺にトンと置くと、私を持ち上げて、自分の膝の上に乗せる。 

 そして、ギュゥゥっと抱きしめた。

 

 そのまま私の肩口に頭を乗せると、ふぅぅーーっと、長く深いため息をつく。

「陽菜子………もう、だめだ。もう、………離してやれない。

 陽菜子……ひなこ、……好きだ。


 俺のモノになって……」

 熱い吐息と共に、耳元で囁かれて、肩口から顔を上げた琉旺さんが、壮絶に色っぽい瞳で私を見てる。


 琉旺さんのモノになる?

 それって、どう言う意味なんだろう?

 考えようとするのに、頭の中が霧がかかったみたいに、ぼんやりしてる。もう、言葉の意味なんかどうでも良いような気がしてきて、自分で覚えている限りでも、人生で初めて、色々考えるのをやめた。


 どう言えば、良いのか答えのわからない私は、琉旺さんに頷いて見せる。

 また、泣いている私の涙を琉旺さんがチュッと唇で吸い取る。

「陽菜子、キスしたい……。キスしてもいい?」

「へ………?」


 泣いてる私は、脳への酸素供給量が足らなかったのか、きすと言われて、すぐさまKISSへ結びつかなかった。

 ぼんやり、考えていると、またしても琉旺さんの顔がどんどん近づいてきて、彼の長いまつ毛がファサファサなるのが間近に見える。


 あ!これは例のやつだ!!


 やっと脳の中でシナプスの出力端子と入力端子が情報伝達を始めようとしたときには遅かった。

 琉旺さんは、金色の瞳を閉じて私に覆い被さると、彼の柔らかい唇がチュウっと私の唇にくっついた。

 

 わわわわわわわわ………と、焦ったけど、2回目だからなのか、前回よりは大丈夫みたい。

 琉旺さんの唇、柔らかいんだなって思う余裕もあるし。

 

 おっし!

 大人の階段登ってるぞ!バチコイだ!


 琉旺さんは、何度かチュ、チュと唇を重ね合わせていたけれど、長いまつ毛をゆっくりと持ち上げて、こちらを見た。

「ブハッ!!おま………。陽菜子、目ぇ開けすぎ……。

 俺のこと、ずっと見てたの?」

 またもや、ククククククと笑い始めた。


「あの、こう言う時って、目を開けてたら、いけないんですかね?

 琉旺さんの長いまつ毛を見てたら、目を閉じるタイミングを逃しちゃって、そのままつい観察しちゃって……。

 今度から、目を閉じるタイミングを教えてもらえると助かります」

 ここは是非、経験豊かな琉旺さんに、ご教授頂こうとお願いしたのに、彼は、転がってお腹を押さえながら、本格的に笑い始めた。

 酷い……こっちは、分からないから聞いてんのに……。


 琉旺さんの太ももの上に、乗っかるように座っていた私の腕を、彼が引っ張るから、そのまま胸の上に倒れ込むように寝転がった。

 琉旺さんは、私の背中を優しくぽんぽん叩く。

「俺も、この1ヶ月、陽菜子と似たような事してた。

 繋がらないのに、携帯の画面ばっかり見て溜息ついて……終いに、嫌になって、シュウに持ってろって、携帯預けてた。

 陽菜子のことが、好きで、好きでたまんないのに、これ以上俺と関わらない方がいいって、勝手に思って、陽菜子のこと傷つけてたんだな。


 ごめんな」

 琉旺さんは、私の背中に大きな手を回す。

 その重みが、とても安心する。

「陽菜子に、トカゲが服着てるだけじゃないって、もっと思ってもらえる様にする。

 ナミブ砂漠に、埋められないように気をつける。

 俺、腹括るから、だから、陽菜子も腹括って……」


 琉旺さんの胸の上で、温かい体温を感じて、鼓膜に緩やかに響く、琉旺さんの声を聞いていたら、私はいつの間にか瞼が重くなって、そのまま眠ってしまっていた。

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