第37話 トカゲが服着てるくらいにしか思われてない

「る、る、る、琉旺さん……、何か話がありました?」

「うん?……そう。唱子に他に何か言われなかったかと思って。

 あいつ、陽菜子に手を出したこと、きちんと反省させる。

 竜口の当主は、忙しい人で、唱子をまともに相手してやってない。

 いつも、世話役のムウや周りのお手伝いの人に任せっきりで、金だけ出してりゃいいと思ってる。

 おかげで、唱子はあの通り、我儘なだけの碌な人間になってない」


 琉旺さんの話を聞きながら、唱子さんも親には恵まれていないんだなと思った。

 お金はあるかもしれないけど、誰からも愛情を注がれないのは、不幸でしかない。

 私にも、遼ちゃんにも、おばあちゃんが居たから、世の中には愛情ってものが、存在するんだって知ることが出来たのかもしれない。

 


 詳細が知りたいようだったので、帰り道で黒塗りの車が停まった辺りから、掻い摘んで説明した。

 途中で、住宅街で“キャーキャー“叫んだこととか、唱子さんに“クソ×××(ここにも、お好きなスラングをお入れください)“って言ったことなんかは、上手いことボヤかして話そうとしたけど、結局突っ込まれて、またもや綺麗にゲロってしまった……。

 私の話を聞いて、琉旺さんはキョトンとした顔をしていたけど、次の瞬間には身体を折り曲げてヒーヒー笑っていた。


「琉旺さんが、言えって言うから話したのに……。そんなに笑うなら、もう話しません」

 口を曲げて、仏頂面をした私の頬を、謝りながら撫でた琉旺さんだったけど、やっぱりブーっと吹き出して、もう一度クククククと笑う。

 酷い、酷すぎる。何もそんなに笑わなくても良いのに……。

 完全にご立腹モードの私は、笑っている琉旺さんを部屋から追い出そうとした。

「琉旺さん、いつまでも笑ってないで、もう寝た方がいいです。おやすみなさい」


「ご、ごめん。陽菜子、怒るな。悪かった。

 陽菜子が、俺のこと分かってくれてて、それで唱子に怒ってくれたんだと思うと嬉しくて……。

 でも、そんな風に唱子に喧嘩売るなんて、陽菜子は、すげーカッコいいなって思って。

 盆と正月がいっぺんに来たような感じで、気分がハイになってる。


 だから、クソ×××(しつこいようですが、お好きなスラングを……)とか言うなんておかしくて……、笑いすぎた。ごめんな」

 琉旺さんは、大きな手で私の頬を包んで撫でる。

 なんだか、この1ヶ月のモヤモヤした気分が晴れるような気分だ。



「どうして、連絡くれなかったんですか?」

 気がつくと、聞きたいけれど、なんて言ったらいいんだろうと思っていた疑問が、すんなりと口をついて出てきていた。 

 琉旺さんは、じっと私の顔を見つめていたけど、少し私との距離を縮めて座る。

「海外に、出張してたんだ。

 新しい油田の候補地で、まだなんの整備もできてなくって、当然、携帯なんか電波も届かない。

 連絡しようにも、出来なかった。ごめんな」


 冷蔵庫から、持ってきたんだろう。水の入ったペットボトルのキャップを開けると、ごくごくと飲む。

 それ、遼ちゃんのだから、補充しとかないと、後で嫌味を言われるな……。 

「でも、正直なとこ、陽菜子に連絡しても良いもんかとも悩んでた。

 俺と一緒にいると、陽菜子のためにならないんじゃないかって。

 

 どうせ、陽菜子には、トカゲが服着てるくらいにしか思われてないんだろうし……」

 さりげなく、ぶっ込んできた、彼の拗ねたような呟きには、気づかないふりをする。

「陽菜子は、将来のために大学で一生懸命勉強してるのに、俺が陽菜子のこと振り回して、しかも危ない目に合わせてる。

 今回のことだって、俺が陽菜子の周りをウロチョロしなけりゃ、唱子が手を出してきたりしなかった」

 琉旺さんは、困ったように眉尻を下げると、ふっと息を漏らすように笑う。

 それが、すごく寂しそうに見えて、私はどうにかしてあげたくなる。


 でも、人様と関わらないように生きてきた私には、どうしたら良いのか分からない。

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