第36話 俺が塗りたかった……

「本当に、申し訳なかった」

 琉旺さんがもう一度、頭を下げる。

「いえ、そのことに関しては琉旺さんは悪くないので、謝らないでください」

 3つ目のおにぎりを食べ終えると、お茶で口を潤してため息をつく。


「ねぇちゃん、よっぽど腹が減ってたんだな……」

「まぁね、彼女……唱子さんと戦ったからね」


「「…………戦ったぁ〜?」」


 私の言葉に、琉旺さんと遼ちゃんがハモった。

 前から感じてたけど、結構気が合うんだよな、この2人。

「おい、陽菜子。唱子はああ見えて武道も嗜んでる。

 大丈夫なのか?今からでも医者に診てもらったほうが……」

 焦ったように言う琉旺さんの後ろで、シュウちゃんが携帯で医者の手配をしようとしている。


「待って、待って。戦ったって言っても、別に殴り合いをしたわけじゃなくて、彼女と言い合いになっちゃって、で、掴みかかってきたから、こっちも負けじと応戦しただけで……。

 お互いに、髪の毛引っ掴んで、私が唱子さんの足を払って、テーブルの上に薙ぎ倒したら、そのまま床の上で掴み合いになっただけで……。

 そんなお医者さんに診てもらうほどの大したもんじゃなくて……」

 仕方がないので、説明すると、立ち上がって此方に来た琉旺さんは、私の袖を捲って確認する。

「他は?」

 服も捲ろうとするので、慌てて抵抗した。

「ちょ……ちょっと琉旺さん、服撒くんないで」

「スマン……」

 止められて、琉旺さんは手を離す。


「痛い所はないのか?首筋と、腕のところに裂傷が出来てる。明日の朝、医者に行こう」

 眉が垂れて、自分の方が痛そうな顔をした琉旺さんを見て、かわいいなと思う。

 そして、そんな風に思う自分は、どうしたら良いんだろうな……。




「では、明日の朝、もう一度参ります。

 竜家の系列病院に既に連絡していますので、待ち時間なしで診てもらえます。

 遅い時間まで、お邪魔いたしました」

 礼儀正しく、頭を下げたシュウちゃんの横で、琉旺さんは何も言わずに、ずっとこっちを見ている。

「さ、琉旺さま、帰りますよ。陽菜子お嬢さんを休ませてあげないといけないでしょう」

 まるで、弟に諭すように言うシュウちゃんの言葉に、琉旺さんは一つ頷くと、頭を下げる。

「今日は、本当に申し訳なかった。陽菜子、ゆっくり寝てくれ。

 もし、何かあったら、夜中でも電話してくれ」


 出て行こうと、玄関の引き戸に手をかけた琉旺さんを、私が引き止めた。

「あの、琉旺さん……」

「うん?」

「その……、私、聞きたいことがあって……」

「なんだ?」

「いえ、今日じゃなくて良いんです。また、明日でも、いつでも、時間のある時に……」

「うん。いつでも良いぞ……」

「はい、では、お願いします」

「うん。じゃあ、お邪魔しました」

 そう言って、引き戸に手をかけた琉旺さんに、今度は遼ちゃんが声をかける。


「あのさ〜、もう泊まっていけば?

 どうせ、数時間後には、また家に来るんだろ?

 今から、琉旺さん家帰って、風呂入って、寝たって大して睡眠時間取れないだろ?

 すぐ起きて支度して、家にねぇちゃんを迎えに来るんだからさ」

 遼ちゃんは、階段を登りながら私たちに話をする。


「風呂沸いてるし。順番に入って、寝たら?

 で、ついでに、ねぇちゃんは琉旺さんに聞きたいこと聞けば良いんじゃね?

 じゃぁ、おやすみぃ〜」

 そう言うと、遼ちゃんの部屋の扉を閉める音がする。


 取り残された私たちは、暫くそこで立ちすくんでいたけれど、シュウちゃんは、切り替えたのかさっさと靴を脱いで上がり込んできた。

「では、遼太さんのお言葉に甘えましょう。確かに、効率が悪かったので助かります。

 私は、お部屋に布団を敷いていますので、陽菜子さんとルゥさまは、順番にお風呂に入ってください。

 陽菜子お嬢さんは、あまり長湯をしないように。どこか打っているかもしれないので。

 ルゥさまは、車から薬箱を取ってきてください。お嬢さんの傷に塗っといた方がいいでしょう」

 私たち2人に、サクサク指示すると、自分はいつもの客間に入っていった。

 全く、勝手知ったる他人の家だ。


 

 お風呂にザブンと入って、さあ寝ようかと思っていたら、部屋の扉を小さくノックする音がする。

“はい“

と、答えると、廊下から琉旺さんの声が聞こえた。


「遅くにすまない。その……ちょっと話せるか?」

 そう言われて、静かに扉を開けた。

 濡れた髪が、渇ききっていない琉旺さんが、タオルを首にかけて、こちらを覗き込んでいる。

「えーっと、……どうぞ」

 廊下で話していると、どの部屋にも声が筒抜けになるので、迷ったけれど、琉旺さんを部屋に通す。


「傷に、薬塗ったか?」

「はい。シュウちゃんが、竜家に伝わる塗り薬だから、早く治りますよって……」

 まだ人間のシュウちゃんには慣れないけれど、中の人は同じなので違和感はない。

 ちょっと、ビジュアルに戸惑っているけど。


「あ!もしかしてあいつ、陽菜子に触った?」

「さ……触ったって、そんな言い方……。

 腕は自分で塗ったけど、首はどこか見えなかったから、シュウちゃんが塗ってくれただけで……」

「クッソ!俺が塗ればよかった……」

 琉旺さんは、舌打ちしながら悪態をつく。

「え?琉旺さんが塗るの?……どうして?」

「そりゃ、陽菜子に触っていいのは俺だけで、シュウにだって、陽菜子を触らせたくない」

 素直に言われて、顔にどんどん血が集まる。

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