第35話 おにぎりとお味噌汁(即席)
家の前についた車のエンジン音を聞きつけて、遼ちゃんが玄関から飛び出してきた。
「ねぇちゃん!………大丈夫か?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」
遼ちゃんは、私にギュウッと抱きついてきた。
私も、遼ちゃんに抱きつく。お互いに、抱き合うなんて、いつ以来だろう?
そこに、琉旺さんがヌッと割り込んでくる。
「こんな時間に申し訳ないが、説明させてもらえないだろうか?」
確かに、よく分からないまま始まって、よく分からないまま終わった感はある。
琉旺さんの申し出を受けることにして、上がってもらうことにした。
私が、お茶を入れようと台所に立つと、シュウちゃんが後からついてくる。
「お嬢さん、お茶なら私が入れます。お嬢さんはお座りください。
お台所を、お借りしても?」
家の古い台所に、大きな体のシュウちゃんがいるのも不思議な光景だけど、疲れていた私は、ありがたく任せることにする。
家に暫くいたうちに覚えたのか、シュウちゃんは慣れた手つきでお茶を入れ始めた。
シュウちゃんにお台所を任せて、居間の遼ちゃんの隣に座っていると、シュウちゃんは、人数分のお茶と、私にはおにぎりと、即席のお味噌汁を出してくれる。
そうだよ!!!私、夕飯食べてなかったんだよ!!
お味噌汁のいい匂いに、途端に、空腹を感じた私は、喜び勇んでおにぎりを口に運んだ。
シュウちゃん、なんて気がきくんだろう……。
おにぎりに齧り付いている私を、微笑ましそうに見ていた琉旺さんだけど、お茶を一口飲んで口を湿らせると、私と遼太に深々と頭を下げた。
「今回の件では、我が竜家の者が多大なる迷惑をかけてしまい、申し訳なかった。
下手に警察に介入されるよりは、俺が直接動いた方が早かったから、一旦警察には引いてもらったが、勿論これは立派な犯罪だ。
このまま警察に被害届を出してもらってもいいし、訴えてもらっても構わない。
その場合は、警察には俺も一緒に赴くし、弁護士が必要なら、弁護士も手配する」
被害届とか、訴えるとか、弁護士とか言われて、ちょっと思考が追いつかなかったけれど、なるほど確かに、刑事事件になりうるんだよな……と、思い直した。
どうも、私の中では、竜口さんと言い合って、掴み合いの喧嘩をしたくらいの認識になっていた。
「えーっと、確かに腹が立たないわけではないので、その件はちょっと考えさせてもらっても良いですか?
それよりも、聞きたいことがあるんですけど」
おにぎりをモグモグ食べながら、味噌汁で流し込む。
「うん。なんでも答えるよ。
陽菜子、急いで食べなくてもいいよ」
琉旺さんは、ガツガツ食べている私に、ゆっくり食べろという。
しかし、私は、お腹が空いてるんであるよ。
「竜口 唱子さんって、琉旺さんとどんな関係ですか?
竜口さんは、琉旺さんの婚約者だって言ってました」
「はあぁぁぁぁ?琉旺さん、婚約者がいるの?なのに、ねぇちゃんに言い寄ってんの?
俺、許さないけど……」
遼ちゃんは、私の話を聞くと、途端に臨戦態勢に入る。毛を逆立てて唸っている小型犬みたいだ。
そんな遼ちゃんを、シュウちゃんがにこやかに遮った。
「その件は、私から説明させて頂いてもよろしいですか?
遼太さんには、初めましてですね。私は、琉旺さまの世話役の
へぇぇ、シュウちゃん、そんな立派な名前なんだな。
もう、私の中ではシュウちゃんなので、どうでも良いんだけど……。
「結論から申し上げますと、唱子さんは、琉旺さまの婚約者でもなんでもありません。
ただ、同じ竜家の縁続きと言うだけの関係です」
シュウちゃんは、琉旺さんの横に姿勢正しく正座すると、一口お茶を飲む。
そして、なんと説明するか考えているような素振りを見せた。
「我が竜家は、古い歴史の家なのですが、昔は一つの竜という家でした。
それが時代を経て今の三家に分かれたのですが、彼女の父親の竜口の当主は、竜家の血を濃くし、繋がりを強固にするために、三家を昔のように一つにしたいと考えている人物です。
今、竜家の中で最も力があるのは竜凪の家です。
次に竜口。
そこで、竜凪の次期当主である琉旺さまと、竜口の娘である唱子さんが結婚すればいいと、彼は常々口にしています。
そのため、唱子さんは、琉旺さんの一番の花嫁候補だと言われて育てられました。
そこから、婚約者という言葉が出たんでしょう。
まぁ、唱子さんは自分のことを、竜家の王女だと思われている節があるので、そう言う人なのだと察してもらえれば幸いです。
そう言う訳で、彼女は、お嬢様として我儘に育てられてきましたので、思考がたんじゅ……シンプルなのです」
うわぁ、言葉選んだな。
まぁ、確かにそんな感じだった。いかにも大事に育てられた感じを受けた。
そして、頭と口がつながっているような、如何にもお嬢様って感じの人。
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