第32話 浦 嶋子です
『あんたねぇ、どこの何様だか知らないけど、これは立派な誘拐よ。犯罪なのよ?
分かってやってるんでしょうねぇ!!』
頭の中で、喚いてみたけど、実際口には出来なかった。
だって、怖いんだもの。
でも、怖がっていると言うことを、なるべく、顔や態度に出ないようには気をつけたけど、どうだろう?
上手くいってるかな?
こいつら、自分の思うようにしようとしたり、相手のマウントを取ろうとする奴等は、大抵、此方が怯えた態度を見せたり、弱そうな素振りを見せようもんなら、更に酷いことをしようとする。
往々にして、奴らは弱い物いじめが好きだからだ。
自分よりも弱い物をいじめて、相手が泣いているのを見るのが好きなんだ。
私は、トカゲちゃんが大好きで、そのことを少しも悪いことだとも、恥ずかしいことだとも思っていなけれど、自分のような趣向の人間が少数派だってことは分かっている。
おまけに、家は母は出て行ったきり戻って来ず、父は年中フラフラしている特殊な家庭だ。
奴らは、自分達の枠から外れている人間を見ると、嫌味を言ったり、嫌がらせをしようとする。
幼い頃から、奴等に対抗する術を身につけながら育ってきたんだ。
簡単には、思い通りにさせてなんかやらない。私は、お腹の底にグッと力を込める。
『ねぇ、貴女……。うちの者が乱暴にしちゃってごめんなさいね。
でも、急に静かになったわね。怖くなっちゃったの?』
泣きぼくろの君(名前が分からないので、勝手に命名)は、ほんの少し口角を上げて、気の毒そうな顔で此方を見る。
でも、その表情には、私に対する侮蔑が混じっているのが見て取れる。
ここの所、変なことばかりだな……。
そもそも、琉旺さんがシュウちゃんと現れてからだけど……。
琉旺さん……、元気かなぁ?
窓の外を見ながら、私の頭の中には、琉旺さんのことが思い浮かんだ。
泣きぼくろの君は、私が無視したと思って、腹が立ったのか、苛立った声で、もう一度呼びかけた。
『ちょっと!聞いているの?』
『あぁ……、すみません。えーっと、聞いてます。私に、御用があったんですよね?
何でしょうか?早く帰らないと、弟が心配するので、出来れば手短にお願いします』
私が、さして怖がっている風でないのが、気に入らなかったのだろう。
泣きぼくろの君は、目を釣り上げた。
『コホン、貴女、雛形 陽菜子さんよね?』
『……いえ、違います。私、
私は、有名な“昔話 浦島太郎“の元になった“日本書紀“に記されている浦島太郎の名前を出してみた。
竜宮の竜の化身(乙姫様)に出会った浦島と、琉旺さんに出会った自分を重ね合わせてみたのだ。
いや、なんだか、センチメンタルすぎるな……。
自分で自分が気持ち悪い。
『ええ????雛形 陽菜子じゃないの?』
驚いている。
本人確認は最初にしないといけないと思うんだけど……。
『誰ですか?それ?私、浦ですけど……』
このまま浦嶋子ってことにしよう。
ってか、この名前を聞いてピンとこないなんて、日本の文学に対するリスペクトが足らないな。
外国の人だから、詳しくないのか?
途端に、泣きぼくろの君は、お付きの人に、ギャーギャー文句を言い始めた。
『ちょっと、ムウ!貴方ちゃんと調べたんでしょうねぇ!
せっかく、お父様の留守の機会を狙って出かけてきたのに、人違いとか、時間の無駄じゃないの』
『お嬢様、下調べは完璧です。そもそも、竜凪の屋敷のカメラから入手した画像には、間違いなくその女が写ってましたし』
竜凪?え?この人たち、琉旺さんの関係者なの?!
お付きの人は、私が竜凪の名前に反応したのを見逃さなかった。
「あ!!お前、やっぱり雛形 陽菜子だろう!」
なんだ、日本語話せるんじゃん……。私は、シラっとした目線を投げる。
「いえ、浦です。雛形なんて人、知りません」
仕事柄なのか、細かいところまで見てるなぁ……。
「ところで、日本語が話せるなら、日本語でお願いしたいんですけど……。
私、ネイティブほどは話せないので」
そう言うと、泣きぼくろの君はニタリと笑った。
馬鹿にしたいのか?したいんだろうな……。
まぁ、別に構わないけど。外国語が堪能じゃないからって、馬鹿にされたって、痛くも痒くもないわい。
「いいわよ。日本語で喋ってあげても」
「ところで、此方は名乗ったんですから、そちらも名乗るのが筋ではありませんか?
それと、ご用件がない様なら帰らせていただけませんか?」
泣きぼくろの君は、また声を出さずに笑う。
正直、ずっと泣きぼくろの君でも良いような憂鬱な気分になる。
「私は、
………は?
琉旺さんの婚約者?
……何だそれ……もう、嫌だな、面倒くさい。
色んなモチベーションが底辺になった私は、腰掛けていた後部座席に、どっかりと座り直して、目的地であろう場所に着くまで、一度も竜口さんの方を見なかったし、ずっと窓の外を睨みつけていた。
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