第8章 トカゲ姫 王女に拉致られる
第31話 キャーー!キャーー!キャーー!
大学からの帰り道、狭い階段を十数段登った先に、小さな鳥居がある神社がある。
神にも、仏にも一度だって頼ろうと思ったことのない私は、当然一度だってお参りしたことはない。
けれど、ごく偶にだけれど、ふとこの場所で足が止まってしまう。
白くて優しい手が、小さな私の頭を撫でる。優しい眼差し、風に吹かれて、良い香りがする。
『ひなこ……、トカゲちゃんがいるよ。神様が遣わされたんだよ。
ひなこが、良い子だから、神様もひなこが好きだって言ってるんだね……』
まるで、鈴を転がすような澄んだ声。
あれは、誰?私の知らない女の人。
ただ私の憧れが創り出した幻だろうか?
***
私の行く先を遮るように停められた、大きな黒い車の中から、黒いウェーブのかかった美しい髪を緩く上げて、ハイブランドの洋服で身を包んだその女性は、降りてきた。
『お嬢様、どうぞ』
『ええ』
わぁ、日本人かと思ったら、英語だ。
海外から来た人かな?
それにしても、こんな道のど真ん中にそんなデカい車停めちゃったら、すぐに警察来そうだな……。
チラリと、そちらを見てそう思ったけれど、相手が如何にもセレブっぽいので、気後れした私は、なるべく道の端っこを通って、避けて帰ろうとした。
『そこの貴女……そこの貴女』
『おい、女!お嬢様が呼びかけておられるんだぞ!返事をしろ』
別に、英語が分からなかったわけじゃない。
ネイティブとはいかないけれど、結構リスニングはできるし、まぁ……、ほどほどなら、受け答えもできる。
ただ、私に話しかけているとは思わなかったんだ。
『……若しかして、私に御用でしたか?』
背が高くて、すらりとしたプロポーションなのに、出るところは出ている美しい肢体を、妖艶にくねらせながら、彼女はこちらにやってくる。
あ……この
目元に印象的な泣きぼくろのある、女性の目は、日の当たり方によって、グレーが薄らとグリーンにも見える不思議な彩光をしている。
ほんの少し口角を上げて、笑ったのか、こちらに向かってやってきた彼女は、私のことを上から下まで視線を這わせて眺めた。
『なんだ、しゃべれるのね。言葉ができないのかと思ったわ』
悪意の含まれた物言いに、胸の中がチリッとしたけど、セレブに楯突いたところで良いことはない。
やり過ごそう。
『貴女に用があって来たの。車に乗りなさい』
どうして、お金持ちって、人に物を尋ねたり、お願いしたりする術を知らないんだろう?
『見知らぬ方の車には乗れません。御用であれば、ここでお聞きします』
まさか、断られるとは思ってなかったんだろうな……信じられない物を見るような目で、彼女はこちらを見ている。
『お前、お嬢様の言うことを断るとは、何様のつもりだ!!』
もう、このお付きの人、さっきからうるさい。
うるさい男って最低……。
『あなた、車を移動させたほうがいいですよ。幾ら通行者の量が減ってきた時間帯だからって、道のど真ん中に車を停めていたら、そのうちに警察がやってきますよ』
『お前!!!っ偉そうに〜〜〜』
背が高くて、がっしりした体つきの黒いスーツをピシリと着込んだこの人は、どう見ても、ボディーガードにしか見えない。
下手すると、ヤの人だ。でも、彼女に付き従っていると言うことは、お付きの人なんだろう。
彼は、私の物言いがよほど気に入らなかったのだろう。グッと私の胸元を掴んで来た。
……仕方がない。実力行使だ。
私は、思いっきり息を吸い込んだ。
「キャーーーー!!!キャーーーーーーーーー!!!!キャーーーーー、キャッ、ムグ……」
キャーキャー叫び声を上げた私の口は、お付きの人によって塞がれた。
この辺りは、古くからある住宅街だ。
今の私の叫び声で、すぐに誰かが通報するだろう。
更には、この辺りのお宅は、防犯のためにカメラをつけている家が多い。
このやりとりはバッチリ撮られているはずだ。
ふふん!毎日、この道を通っているんだ。当然、防犯対策のために、こんな知識はあるんだよ。
(と言っても、ズボラな私を心配して、遼ちゃんが調べまくって、この道を通って帰れと言われているんだけど……)
しかし、私は一つ誤算があったのを思い知らされた。
彼は、私の口を塞いだまま、抱え上げると、私をそのまま車に乗せて、車は出発してしまったのだ。
え?えぇぇぇぇぇぇぇ!?これって本当に、誘拐じゃね?
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