第28話 オーバーヒート寸前 脳ミソ

「陽菜子?どうして、俺に、顔を見られたくないんだ?

 陽菜子が勝手に傷ついてるって、何に傷ついてるんだ?」


 言いたくない。

 ものすごく恥ずかしい。

 私は、目線がキョロキョロ泳いで、顔が熱くなってきた。


「陽菜子、俺には言えないことか?顔が赤い。それとも、やっぱり体調悪い?」

 頭をフルフル振って否定する。

「体調は……ワルクナイです。その、恥ずかしいから」

 琉旺さんは、どんどん距離を詰めてくる。

 もう、お湯の沸いたヤカンの火を止めて、私をキッチンの奥に追い詰める。


「どうして、恥ずかしがるんだ?」

「さっき……」

「さっき?」

 もうダメだ。ゲロるしか私に残された道はない……。


「琉旺さんに、家に、帰してやるって言われて安心しました。

 でも……これ以上関わり合いにならなければ、って言われて。……それで……」

 私が、ポツポツ話して、言葉に間が開くたびに、うん、うんと相槌を打って聞いてくれる。

 その仕草に、つい安心して話し続ける。


「私、もう結構関わってるって思ってたから、なんだか……、除け者にされたみたいな気分になって……それで、ちょっと……」

 琉旺さんは、そっと私の腰に手を回す。

 私が嫌がってないか、確認を取るように、私の顔を覗き込む。


「陽菜子を除け者になんてしてないぞ」

「分かってます。でも、琉旺さんに言われて、否定されたような気分になって寂しくなって……」


 勢いで、全てゲロってしまった。

 鏡なんて見なくてもわかる。

 私の顔は間違いなく真っ赤だ。

「俺に、言われて寂しかったのか?」

 琉旺さんは、嬉しそうに、口元を綻ばせながら微笑む。

 腰に回っている腕に力を込められて、グッと抱き寄せられる。

 ますます、琉旺さんの顔が近くなって、ますます私は、顔が赤くなる。


 耳の近くに心臓があるみたい。

 ずっとドキドキ言ってる。

 男性だけじゃなくて、他人様とこんなに距離が近づくのは初めてだ。

 おばあちゃんに、抱っこして貰った覚えがあるくらいで、親にさえ抱きしめられた経験なんてない私は、もう泣きそうだった。



「陽菜子、可愛い」

「る……おう……さん……」

 どんどん、顔が近づいてきて、おでこにチュッとキスされた。


 今……チューした?

 目が渇いているわけでもないのに、やたらと瞬きの回数が多くなる。

 そうしたら、今度は、瞼にチュッとキスをされる。

「陽菜子………いやか?」


 その、その声、やばい!!

 鼓膜に響く、低くて色気ダダ漏れの声……。

 よく、恋愛小説なんかでいう、腰にくる声ってやつじゃ?

 やめて、やめて、じっと見つめながら言わないで!!!


 琉旺さんが、何が嫌なのかって聞いてきているのかよく分からない。

 答えられずにいたら、近かった琉旺さんの顔が、もっと近づいてくる。

「陽菜子、好きだ」

 琉旺さんの低い声が、私の耳の中に流れてくる。

 心臓がドキドキして、頭に血が上ってるのが自分でもわかる。

 ボーッとして、考えをまとめようとする能力が劣化していく。


 なのに、顔を傾けて、瞼を伏せた琉旺さんの美しい長いまつ毛が、どんどんアップになって近づいて来る。 

 こんなに近いと、何本まつ毛があるのか数えられるかもなと思ってたら、私の唇に、琉旺さんの柔らかい唇が重なった。

 何度か、角度を変えてチュッ、チュッとされる。

「ふふ……陽菜子、目を閉じないのか?」

 琉旺さんは、可笑しそうに小さく笑うと、今度は、ハムリと小さく口を開けて、私の唇を食べる。

 クチュっという水音が私の耳にやけに大きく届いた。



 もうダメだ……。

 私の脳ミソの処理能力では、この事案を処理しきれない。

 オーバーヒート寸前の脳ミソを冷やすべく、全力でファンが回っているところを想像してみたけど、そんなもの焼石に水だ。

「陽菜子、可愛い。好きだ」

 琉旺さんが耳元で囁いた、言われた言葉の意味も理解できずに、私はヨロヨロとへたり込んで、目を回してしまった。




****

「全く!つい先日、お嬢さんが嫌がることはしないって約束したのは、どこの何方でしたっけ?」

 俺のキスで、目を回して、くったりしてしまった陽菜子をソファに運ぶと、シュウが嫌みたらしく説教してくる。


「陽菜子は、嫌がってなかったぞ。俺、ちゃんと嫌かって聞いたもん」

「〜〜〜〜もんじゃ、ありません!

 お嬢さんは、どう多く見積もっても、対人スキルが高くはないでしょう。

 それなのに、いきなりチューチューしたら、こうなることは分かるでしょうが!」

 チューチューって……。


「お前、覗いてたのか?」

「そんな下品なことは致しません。

 が、キッチンの奥で、2人でボソボソやってれば、丸聞こえです。

 確かに、壁で仕切られてはいますが、音が聞こえれば、何をしているのか位分かります」

 シュウに、正論でこられて、俺はグッと詰まる。


「俺から、除け者にされた気がして、寂しいって陽菜子に言われて、嬉しくって舞上がっちゃったんだよ……」

 そうだ。陽菜子には、もっと自制心を持って接するつもりだった。

 距離を置かないって約束してくれた陽菜子は、俺がゆっくり近寄れば嫌がらない。

 だから、少しでも陽菜子の近くに行きたくて、なるべくゆっくり陽菜子との距離を縮めた。

 そうしたら、寂しいって言われて、真っ赤になった陽菜子が可愛くて仕方がなくて、もっと顔を近くで見たくて、覗き込んだら涙目の陽菜子が俺を見つめてきて……理性が崩れたんだ。

 おでこにキスしても、瞼にキスしても嫌がらないから、つい唇にもしてしまった。


 まさか、ぶっ倒れるとは……。

 本当は、嫌だったのかな?

 陽菜子に、嫌われたらどうしよう〜〜〜。


 俺は、屋敷で襲撃に遭ったことなど、すっかり頭の片隅に追いやって、赤い顔の陽菜子をその辺にあった、雑誌で扇ぎ続けた。

 隣では、シュウが“お茶はどうなったんですか!“と、ぶつぶつ文句を垂れている。


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