第27話 私に、高い会話能力はありません
その事件後、竜家の警護部では、リチャードはブラックリストのトップに上がった。
リチャードは、大学院時代に中国の闇市でセンザンコウ(硬い鱗を持つ哺乳類で、絶滅危惧種に指定されている)の鱗を入手して研究し、そのデータを闇ルートで武器職人に流して稼いでいたらしい。
リチャードが狙っているのは、竜家の王が持つ鱗に違いない。
もしくは、鱗だけでなく、王のDNAや身体的データだ。
捕まってしまえば、人体実験に使われるだろうことは、安易に予測できる。
しかし、このリチャードを捕まえてくれと警察に言ったところで、竜家の秘密も詳らかにしなければならない。
リチャードは、しつこく何度も琉旺さんを狙ってくる。
防戦だけでは、拉致があかない。
そこで琉旺さんと、彼の世話係だったシュウちゃんは、海外の親戚のところに留学させられた。
そこでは、専門機関に放り込まれて、格闘技を叩き込まれ、ナイフや、銃の扱いを学ばされたという。
前に、彼が外でも、何処でも寝れるように訓練していると言っていたのは、このことだったんだ。
「俺の血やDNAを調べて、筋肉増強の薬の開発をしたり、鱗のデーターで、武器や戦車なんかの装甲を作ったりしたいんだろうな……」
琉旺さんは、達観したような、諦めたような表情で呟いた。
あぁ、この人は、もうずっと、何度も何度も、何かを望むことを諦めたり、期待を裏切られたりすることばかりだったんだろうなと、唐突に、はっきりと理解した。
今まで、彼の話す言葉の端々に、ただ恵まれたお坊ちゃんとしてだけの人生を歩んできたわけではないということは、滲み出ていた。
けれど、今、イケメンでお金持ちな外見えの琉旺さんは、もう私の中にはいなくなった。
「ごめんな、陽菜子。もうちょっとして、家の警護班から詳しい連絡が来たら、家に帰してやるからな。
陽菜子の姿は、見られてないはずだから、これ以上関わり合いにならなければ、危険はないから。
もうちょっと、我慢してくれ」
琉旺さんは、私が怖がっていると思って気を遣って言ってくれたんだってことは分かっている。
私だって、怖い思いをしたくないし早く家に帰りたい。
でも、琉旺さんに、お前はこれ以上関わり合いにならずに、早く帰れって言われたような気分になって、ちょっと寂しくなった。
「えー、あ、うん。分かりました。ダイジョウブです」
なんとか、それだけ言うと“お茶でも入れます“と小声で断ってキッチンでお湯を沸かし始める。
当たりを付けて幾つかの扉を開けると、茶器とお茶の葉が置かれてあった。
茶器をカチャカチャ言わせながら用意していると、琉旺さんがひょこっと顔を覗かせる。
「陽菜子、俺も手伝う」
嫌だな……そう思ったのが、顔に出たかもしれない。
除け者にされたような気分になった……そんな気持ちが同じ空間にいると伝わってしまうかもしれないから、キッチンに逃げ込んできたのに、琉旺さんから来ちゃったら逃げられないじゃないか……。
なるべく、俯いて、顔を見られないようにしながら、茶葉をポットの中に入れる。
「陽菜子、どうした?まだ、怖いか?」
琉旺さんは、心配そうな声で聞きながら、私の顔を覗き込もうとする。
「……嫌」
咄嗟に自分の顔を見られたくなくて、つい伸ばされた手を振り払ってしまった。
拒絶してしまってから、しまったと思った。
琉旺さんと距離を取ったりしないって約束したのに、誤解させたかもしれない……。
すぐさま顔を上げて、彼の顔を見上げると、驚いたような、傷ついたような顔をしている。
「すまない……。俺は、他人の心の機微に疎くて……」
「ち……違うんです。
私が、顔を見られたくなかっただけで、琉旺さんのこと、拒絶したわけじゃなくて。
その、距離を取ろうとか思ってなくて。
っていうか、その逆で、自分が勝手に傷ついてるって言うか……」
他人の心の機微に疎い?
はっきり申し上げて、私は、そのレベルにも達していない。
今まで、まともに他人と付き合おうとして来なかった私には、琉旺さんに今の自分の気持ちを上手いことオブラートに包んで説明して、琉旺さんの不安を取り除いてあげるなんて、高い会話能力は持ち合わせていない。
結果、何が言いたのかさっぱり伝わらない、意味不明の言葉を並べてみただけに終わった。
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