第26話 グワァァァァァァ!!!

 チェイス生物学研究所、Chase Biological Laboratory、略称:CBL。

 アメリカの富豪、チェイス氏が出資している研究所だそうだが、そこの日本支部で、古生物研究を任されているリチャード田沼という日系アメリカ人がいる。


 彼が、どこからか竜家の噂を聞き付けて、竜凪の家にコンタクトを取ってきたのは、琉旺さんが生まれた年のことだった。

 何でも、古生物研究の他に、新たに立ち上げる恐竜研究プロジェクトのために出資をして欲しいと言ってきたとか。


 資産のある竜家は、出資してくれだとか、研究費を都合して欲しいなんて話は、バンバン来る。

 けれど、このリチャードは、調べれば怪しげな経歴の持ち主だったので、持ちかけられた恐竜研究のためのスポンサーの話は、当たり障りないように断った。


 ところが、リチャードは諦めなかった。

 彼の持つあらゆるコネクションを使って、自身の名前を出さずに、出資の依頼だけでなく、公演依頼や、展覧会のスポンサー依頼などを持ちかけてきた。

 しかし、竜家の警護班は優秀だ。

 調べられることは、徹底的に見落とさずに調べ尽くす。

 そうすると、必ずどこかでリチャードに繋がっていた。


 そうやって、いたちごっこを繰り返して数年がたった時だった。

 当時6歳になった琉旺さんは、彼の両親とともに、友人のパーティーに招かれていた。

 そこで、秘密裏にパーティー会場の近くに潜んでいたリチャードと、その仲間に拉致されたのだ。



****

 俺は、シュウが陽菜子に事情を説明しているのを聞きながら、当時のことを思い出した。



「おい、このガキがあの竜家のプリンスかよ?結構、可愛い顔してるよな……」

 男は、下卑た笑いを浮かべて、縛り上げた俺を舐め回すようにみる。

 世の中には、相手の性別も年齢も関係なく、自分の欲を満たす為ならば、何でも使おうとする短絡的思考の人間が、残念ながら一定数いるものだ。

 そいつも、そんな人間の1人だったのかもしれない。


「やめとけよ。大事な研究材料だって言われただろう。

 傷でも付けようなら、あいつに殺されるぞ」

 もう1人いた男が、その男に注意する。

 しかし、そいつは、ニヤニヤとヤニで汚れた黄色い歯を覗かせながら笑うばかりで、聞いている様子はない。

 6歳だった俺は、恐怖で涙が溢れた。


「可愛いねぇ〜。

 泣いちゃってるじゃねぇかよ。お兄ちゃんが、慰めてあげようか?」

 気味の悪い猫撫で声で話しかけてきたそいつは、俺を押し倒して、ベロリと首を舐めてきた。

 気持ち悪くて、怖くて、でも喉が張り付いたようになって、悲鳴もあげられない。

 男は、泣いて、恐怖で引き攣っている俺の顔を面白そうに見ながら、更にのしかかってくる。

 そいつの顔が、近づいてきて、生臭い息が頬にかかったときに、とうとう俺の精神は決壊した。


「シューーーーーッ…………グワァァァァァァ!!!」

 俺の喉からは、空気が漏れるような威嚇音が出たかと思うと、大きく唸り声が響いた。

 体の中の血液が、熱くドロドロのマグマのようになって逆流し始め、細胞が肥大して作り替えられるような激しい痛みを全身に感じる。

 頭の中でガンガンと警告音が鳴り響き、眩暈がする。

 気持ちが悪くて吐きそうだ。

 どのくらいの時間、その眩暈と吐き気に耐えていたのかは分からない。


 気がつけば、俺を拘束していたロープは千切れて足元に落ちていた。

 更に、俺の視界に入る自分の足は、灰色の鱗に覆われた三叉に分かれた指に、鋭く長い爪がついている。

 手には同じく、灰色の鱗に覆われた皮膚の、長い3本の指があり、その先には曲線状の鋭利な鉤爪がついていた。

 

 なんだ?俺、どうなっちゃったんだろう?



「ウォ……、ウォォォォォォ……」

 さっきまで、俺の上に乗って、ニヤけた面を見せていた男は、腰が抜けて立てないのか、俺の足元で、無様にズリズリと後退していた。

「グォウ!」

 一声、吼えると、男は顔を真っ青にしてブルブル震える。


 自分の方が力が上だとわかっている相手にはマウントをとりたがる典型みたいなやつだ。

 そう分析していると、横から、もう1人の男が椅子を投げてきた。

 反射的に、長い尾を振り回して椅子を叩き壊す。

 そのまま反対に尾を振り回すと、長い尾は、男の体に当たって男は壁に叩きつけられた。

 頭を強く打ったのか、そのままピクリとも動かなくなる。


 体の中に眠っていた、闘争本能のようなものが、むくりと顔を出した。

 その本能は、俺の人としての理性を容易に食い潰して、凶悪で真っ黒な考えで俺の頭の中をいっぱいに染めた。

 俺が長い鉤爪で、目の前で震える男の体を狙おうとした時だった。

 大きな音を立てて、古い建て付けのドアを蹴破って、竜家の警護班のメンバーと一緒に、シュウが飛び込んできた。


 シュウは、俺よりも4つ上の親戚だ。

 小さい時から一緒にいて、兄弟みたいに育った。

 部屋の中に、兄貴のように思っているシュウの声が響く。

「ルゥ!やめろ!!」

 シュウの声に、一瞬我に返った隙を、警護班長が持っていた麻酔銃で太ももを撃たれて、そのまま意識がブラックアウトした。



 気がつけば、爺様の家の部屋の一つに寝かされていた。

 竜化したのが、初めてだった俺は、1週間近く高熱が出て、寝込んだ。

 熱が下がったら、竜家の王である爺様に呼ばれて、俺が竜化して暴れたことや、竜化すれば今のこの時代、リスクが大きすぎること、精神を鍛えて、竜化をコントロールできるようにならなければならないこと等を説明された。

 ただ、竜化の話は、竜家の中でトップシークレットだ。

 シュウは、この部分を大きく端折って、陽菜子に説明した。

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