第23話 セキ湯、湯田、地熱発電、クリーンエネルギー

 庭で、プランターに入れる用に土を用意していた私のところに、琉旺さんがやってくる。

「お腹空きましたか?今日は、天ぷらにしますからね。

 テーブルの上に、鍋を用意するので揚げながら食べましょうね」


「天ぷらか……楽しみだな。前に銀座で食べて以来、食べてないな」

「ギンザ……」

 言っとくけど、銀座で食べるような天ぷらは出せません!

 心の中で、ブツブツ悪態をつきながら、土を混ぜている私の前に、琉旺さんが座り込んで、一緒に手伝ってくれる。

「陽菜子、ありがとう。感謝してる」

「はい。いえ、別に……」

 

 素直に、感謝されて、なんだか照れ臭くなった私は、いつもなら絶対に聞かないことを口走ってしまった。

「ところで、琉旺さんって何のお仕事してるんですか?」

 人様の仕事の内容を聞くだなんて、私としてはツッコミすぎだなと思いつつも、ついつい今日、気になってしまったので、口をついて出てしまったのだ。

「………………………石油会社だよ。

 ウチの婆様が、外国人だって言っただろう?

 その婆様から油田を贈与されたんだ。だから会社を起こして、俺がCEOだ」

 なぜか、ちょっと怒ったように琉旺さんが言った。

 

 セキ湯会社?湯田?またもや、私の頭の中は漢字変換がうまくいかない。

 ポッカーンとしている私に、ふぅっとため息をつくと、琉旺さんは視線をずらした。

「みんな、俺が石油元売大手のDCエネルギーのCEOだと言うと、目の色だけじゃなくて顔色まで変えるんだ。

 だから、仕事の話はあんまりしたくなかったんだよ」


「………えーっと、それは……嫌な思いをされたんですね。

 で、湯田とは、何処かの温泉の源泉のことですか?温泉の熱で、地熱発電でもしているんですか?

 クリーンエネルギー注目されてますもんね」

 今度は、琉旺さんがポッカーンと私の顔を見た。

 さっきまで怒ったようにしていたのに、暫く口を開けて、私を見ていた彼は、いきなり爆笑し始めた。


「なんだよ、陽菜子。油田にどんな字当てはめたんだよ!油田は、温泉じゃないよ。

 地下に、発掘できる石油が埋蔵されている土地のことだよ。

 クリーンエネルギーって……クククク。

 石油会社の俺に、地熱発電って……」

 琉旺さんは、体を折り曲げてヒーヒー笑っている。


「だって、あまりにも私の普段の世界とかけ離れてて、結びつかなくて。

 そもそもおばあ様が油田をお持ちだったって、一体、琉旺さんのおばあ様は何者なんですか?」

「ウチの婆様?中東の国の王女様。

 婆様は、第3王女だったから、もう俺になんて王位継承権は回って来ないけどな」

「オーゾク……」

 ドン引きして、心理的だけでなく、物理的にも距離をとった私に、琉旺さんは慌てたように距離を詰めてくる。


「陽菜子、離れていかないで。

 この話をしても、目の色を変えて俺に媚びようとしないのは、嬉しいけど、でも、陽菜子に、距離を取られるのは辛い」

 寂しそうな、切なそうな顔をしている琉旺さんを見ていると、小さな子供が寂しがっているようで、なんだか抱きしめてあげたくなってしまう。

 琉旺さんの方が、年上で、琉旺さんの方が力があって、琉旺さんの方が社会的地位もあるのに……。



 琉旺さんは、ほんの少し空いていた私たちの距離もゼロにすべく、そっと、私の腰に腕を回す。

 そろそろと力を入れて私を抱き寄せる。

 ゆっくり私の様子を伺うように、首を曲げて顔を近づける。


「陽菜子……、頼むよ。態度を変えないで欲しい」

 くっついた琉旺さんの体が暖かくて、顔に熱が集まるのを感じながら、コクリと頷いた。

「わ……分かりました。ダイジョウブ。

 私、琉旺さんとくだらない事で、距離をとったりしないって約束します」



 きっと、この人は、今までその環境や、地位のせいで、たくさんの嫌な思いをしてきたんだろう。

 私の前では、強くて大人な男の仮面は脱いで、楽しそうに笑う少し子供っぽいところは、素の琉旺さんを見せてくれているのだろう。

 それなら、私はなるべく、色付きのメガネで琉旺さんのことを見るのはやめよう。

 私の愛するトカゲちゃんが、琉旺さんには好意を寄せている。

 と言うことは、信用に足る人ということだ。

 琉旺さんのことはまだ良く分からなくても、トカゲちゃんのことは信用できるもんね。

 私は、自分の中で、色々面倒くさく、理由づけをした。

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