第20話 堆肥を担いでも可愛く見えるコーデ

 琉旺さんと、出かけるという情報を、どこからか入手した遼ちゃんは、朝から私の部屋に入ってくると、この服を着ろ!ボトムスはこれを履けと、やかましく指示してきた。


「え?遼ちゃん、ホームセンターに土を買いに行くだけなんですけど……」

「良いんだよ!土だろうが、堆肥だろうが、なんでも。

 2人っきりで、お・出・か・け なんだろ?ちょっとは、可愛い格好しろよ。

 大丈夫!この俺がホームセンターで、堆肥を担いでても可愛く見えるコーデにしてやるから!!」

 なんだ、そのファッション雑誌の特集ページの煽り文句みたいなのは……。

 いや、そんな煽り文句書いてる雑誌ないか…‥…。

 

 鼻息が荒い遼ちゃんは、自分の部屋からヘアアイロンを持ってきて、温めはじめた。

「遼ちゃん、なんでヘアアイロン持ってるの?それって必要なの?

 っていうかね、買いに行くのは土で、堆肥じゃない……」

「ねぇちゃん、ウルサイ。

 大人しく着替えて。時間ないよ」


 有無を言わせない彼の態度に、ビビった私は、大人しく、言われた通りに服を着た。

 その後、ヘアアイロンで、ゆるく髪を内巻きにされる。

「クルクルにしたいところだけど、やり過ぎると琉旺さんの好みから外れそうだからな」

 え……?何?琉旺さんの好みって……?

「琉旺さん、絶対、作ってない清楚な感じが好きだと思うんだよね。

 ってか、作られた美人なんて、周りに山ほどいそうだし。

 だから、『貴方のために、おしゃれしました』ってちょっと頑張ってる感じが、わざとうっすら、透けて見える可愛さを演出するから。

 琉旺さんにとって重要なのは、おしゃれ具合じゃないんだよ。

 好きな女が俺のために、頑張ってる具合なんだよ」

 私の心の声が聞こえたらしい、遼ちゃんが説明してくれる。

 頑張ってる感じが、わざと透けて見える可愛さ?

 おしゃれするのに、おしゃれ具合じゃない?頑張ってる具合?

 何その、訳のわからない理論……。無理、ついていけない………。


 そもそも、私は、日ごろからおしゃれなんてしない。

 清潔にすることは、大事だと思っているので、清潔感を感じさせる服装には気を遣っているけれど、それ以上でも、それ以下でもない。

 勿論、ブランドの洋服なんて物に興味はないし、洋服の購入条件は、安くて丈夫がモットーだ。

 だから、私のワードローブは、白いシャツとか、ベージュのカットソー、ボトムスもジーンズや黒いパンツなど、遼ちゃんから言わせると、盛大につまらない洋服しかないらしい。


 そこで、遼ちゃんは、柔らかめの生地のグレーのカットソーの首元を、裁縫道具で、小さく摘んでギャザーを入れる。

 これだけで、胸元に向かってふんわりと、布が波打ったように膨らんだ。凹凸の少ない私の体を隠してくれる。魔法か!

 そこに、薄い透け感のあるオーガンジーで出来た、ペールグリーンのつけ襟を付けている。


「りょ……遼ちゃんって、そんなことも出来るの?」

「まぁ、モデルやってると、現場でちょこっと洋服いじったりするのは、日常茶飯事だからな。

 将来、スタイリストやコーディネーターとか、現場での道もあるかもしれないから、勉強はしてるんだ」

 そっか……、遼ちゃん、フラフラ遊んでるだけなのかと思ってたら、ちゃんと考えてるんだ。

 なんだか、弟が急に大人に見えて、寂しいような嬉しいような気分になった。




「ひ……ひなこ……。ナニソレ?イツモトチガウヨ」

 着替えた私を見た琉旺さんは、硬い表情で、急にカタコトになった。あれ?失敗?

 遼ちゃんに、薄らお化粧までしてもらって、私って、頑張ればちょっとはマシになるんだなぁ……と思っていただけに、ちょっとショック。


「あれぇ?だめ?可愛くない?琉旺さん、絶対このラインが好きだと思ったのにな。

 返って、何もしてない、いつものちょっとダサめのネェちゃんが好きとか?」

 ナチュラルにディスる、遼ちゃんの問いかけにも答えずに、琉旺さんは、赤い顔をして、口を開けて私を見ている。

 調子が悪いんだろうか?


「おーーーい……るおーさん……。

 琉旺さん……、何か言うことないのかな?」

 “パン、パン!“

 遼ちゃんが、琉旺さんの目を覚ますように、目の前で手を打って見せる。

 琉旺さんは、遼ちゃんを見ると、目をパチパチさせた。

「…………あ……。ひ……なこ、……凄い、かわ……いい。

 ……マジで!

 いつも可愛いけど、そんな格好の陽菜子も可愛い。

 髪は、巻いたのか?似合っている。

 ……あ〜出かけたくない。陽菜子を他の男に見せたくない!!

 陽菜子!絶対に、俺から離れるなよ。

 世の中には、危ないやつばっかりだからな!!良いか?男っていうのはな……」

 途切れ途切れに、言葉を発していたかと思えば、どんどん勢いが増し、私の肩を掴んで至近距離で、男という生物がいかに危険なのかを力説する。

 そんな琉旺さんの様子を見て、遼ちゃんは、三日月型に目と口元を歪めると、至極満足そうにニヤリと笑った。

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