第19話 取り憑く暇がない

 毎日、大学が終わったり、昭雄おじさんの動物病院のバイトで遅く帰ってきたりする度に、トイレのドアの蝶つがいが曲がってしまって、ギイギイ音がして、閉めづらかったのが直っていたり、縁側の網戸が破れていたのが、張り替えられていたりしているのを発見する。

「琉旺さん、すっごい助かります。

 家、男手がなくて、なかなか直すに至らなかったところがいっぱいあって、気になってたんです。

 あの、お金払いますので、請求してください」

 ご好意でしてくれているんだろうから、人件費はともかくとしても、材料費は支払わなければ。


 別に、お金が全くないわけじゃない。

 おばあちゃんが、遺してくれたお金があるし、自分のバイトのお金だって貯めている。

 そう思っていったけれど、琉旺さんは苦笑いするだけだ。

「いや、飯も食べさせてもらってるし、シュウのことだって見てもらってるんだから、お互い様だ。

 それよりも、男手なら遼太がいるだろう?遼太にやらせたら良いんじゃないか?」

 今度は、私が苦笑いする番だ。

「いや、遼ちゃんは、今は家にいますけど、大学入ってからは出て行ってしまってて、ずっとはいないんです。

 それに、遼ちゃんは、我が家のあざと可愛い担当なんで、力仕事は出来ないんですよ」

「あざと川?……なんだ、それ?日本語は難解だな……。

 それよりも、遼太がいない間は、この家に陽菜子が一人で住んでいるのか?危ないだろう!

 この家は、古くて趣があるが、防犯においては家の倉庫よりも侵入しやすいぞ!」


 それこそ、なんだ、それ?

 琉旺さんの家の倉庫って、どんだけセキュリティレベル高いんだよ!

「何言ってるんですか。一般家庭の防犯は、何処の家もこんなもんです。

 そもそも、琉旺さんの家の倉庫って、どうせ倉庫と言いつつ、古いアンティークの置物とか、学術的価値のあるような書物とか、でっかい宝石とか置いてるんでしょう?」

「うん?いや、まぁ、そんな感じの物も置いてあるけど……」

「ほら、やっぱり。そう言うのは、倉庫って言わないんです。世間一般では、金庫って言うんです!」


「ふはははは……」

 私に、言い負かされて、琉旺さんは実に嬉しそうに笑う。

「陽菜子、そんな取り憑く暇のないことを、言うなよ」

「取りつく島です。因みに、取り憑かないでください」

「くくくく……。陽菜子、どんどん、俺に容赦ないな」

 おかしそうに、肩を揺らして笑っている琉旺さんを見て、確かに、私らしくもなく距離が近いなと思った。


 なぜだか、琉旺さん相手だと、ついつい気安くなってしまう。

 この人の理解し難い物の考え方のせいなのか?

 それとも、無自覚に人を引き寄せる性質のせいなのか?

 分からないけれど、何だか、当たり障りのない態度とか、近づきすぎず、近づけすぎずの距離感なんかを、考えるのは馬鹿らしい気分になるんだ。


「陽菜子、俺のこと頼れよ。

 料理は、陽菜子みたいに上手じゃないけど、物を直したりするの得意なんだ。

 陽菜子が、喜んでくれると俺も嬉しいし……」

 はにかみながら笑う琉旺さんに、私も素直に頷いた。

「ありがとう、琉旺さん。じゃあ、玄関のタイルが割れてるの剥がして貼り直してもらえますか?」

「いいよ。同じタイルでなくていいの?」

「はい。もう古い物なので、どうせ同じものはないので。

 雰囲気の似たようなものなら構いません」

 

 上り框を上る土間部分に敷かれたタイルは、昔、遼ちゃんが子供の頃に、硬いおもちゃを落として、できたヒビが、経年劣化で完全に割れてしまっていたのだ。

 まぁ、いいかと放ったらかしていたけれど、せっかく直してくれると言うんだから、ここはお願いしよう。

 私一人では、とても手をつける気にならないし、かと言って、数枚のタイルを貼り替えるのに、プロに支払うお金は勿体無い。


「じゃあ、陽菜子が時間が空いてる時にでも、一緒にホームセンターに行くか?

 タイルも、陽菜子が見て決めればいいだろう?」

 ホームセンター!大好きな場所だ。

 トカゲちゃんに必要な、水槽や、砂や石なんかも置いてあるし、様々な種類の石材があるので、好きな大きさの物を買ってきて、隠れる場所を作ったりする。


「あの、じゃあ車出してもらえたりしますか?庭に小松菜とか植えたくて……。

 で、土とかプランターとか買いたいんですけど、重いからなかなか手が出せなくて」

 大学には、フトアゴヒゲトカゲちゃんがいる。

 餌は、もっぱらペットショップで買ってきた人工餌やコオロギなんかを与えるけれど、野菜の小松菜や果物なんかもあげたりする。

 その野菜を庭で育ててみたいなと思っていたのだ。


「勿論、構わないぞ。車くらい、いくらでも出してやる」

 少し、得意げに胸を張った琉旺さんは、こちらをみて嬉しそうに笑った。

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