第15話 オブラートに包んで下さい

 夜、これまた、馬鹿でかいお風呂に入った後(お湯が龍の口から出てた。あんまり、広いんで泳いでみた。)、キッチンで水を飲んでいると、スルリと琉旺さんが現れた。

 この人、足音がしないなぁ……。恐竜って静かに近づくのかな?映像なんかだと、ズシンズシン足音がしてたけどな………。


「陽菜子、庭に出てみないか?満月だ」

 月を見ようだなんて言って誘うなんて、イケメンの常套句なのか?

 そう思いながらも、頷いて後をついていく。

 

 確かに、満月だからか、明るいくらいに月の光に照らされて、庭に咲いている花が浮かび上がって見えるくらいだ。

 お屋敷の庭は、丁寧に整備されていて、様々な植物が植えられている。

 青い花を揺らしながら、風がサアーッと吹き抜ける。

 夏が終わりかけて、空気には、まだ暑さが残っているけれど、吹く風はほんの少し秋の涼しさを含んでいて気持ちがいい。


「病院で、シュウを連れて行った時に、陽菜子が俺のことなんて微塵も見ないで、シュウが怪我をしてるのを心配してくれただろう?

 あの時に、ちゃんと見なきゃいけないものを見れる子なんだなと思ったんだ。

 大体、どの女も俺のこと見ちゃったら、あとは俺ばっかり見ようとするからさ」

 おっと!さすがイケメン。悩みが違うな……。そう思いながらも、琉旺さんをみる。


 確かに、一度琉旺さんを見てしまって、目が離せなくなる世の女子オナゴどもの気持ちもわからなくもない。

 180センチは有に超えるだろう長身に、体を纏うしなやかな筋肉。

 緩いラインのルームウェアを着ているのに、引き締まった体躯をしているのが分かるほどだ。

 いつもは上げている前髪は、風呂上がりで下されていて、普段よりも少し幼く見える。

 普段は、暗い茶色に見える目も、光の差し込む角度によって、金色に見える。

 不思議な虹彩の瞳を縁取る長いまつ毛は、月の光を浴びて、濃い影を落として彼の色気を底あげしている。 

 真っ直ぐな眼差しと引き結ばれた唇は、琉旺さんの意志の強さを表しているかのようだ。

 

 生まれてから23年間、男の人に興味を持たず、ひたすらトカゲばかり愛してきたトカゲ姫の私でさえ、カッコいいなと思ってしまうのだ。

 猛禽類女子モウキンルイジョシの目には、さぞ美味しそうに映っても、仕方がないことなのかもしれない。



「で、トカゲのことすっごい好きそうだったし、いいなと思ったんだ。

 そしたら、俺の鱗を色っぽい目で見るだろう?

 何回も、携帯に連絡くれたのも、俺のこと、好きなのかなと思って。

 そしたら、もう陽菜子のこと気になり始めて……。

 陽菜子のこと考えると、熱にうなされたようになってだな……」

「浮かされるですね。うなされないでください」

 気になって、指摘してしまった私の言葉に、琉旺さんは嬉しそうに笑う。

 少し照れたように、笑った口元を指で掻いている。


 なぜ……?

「そう言うの良い……。

 そうやって、俺の言うことに突っ込んでくれるの、シュウだけだったし、仲良しみたいで嬉しい」

 そう言って頬を染めてモジモジし始める。

 え?乙女みたいで、なんだか可愛いんですけど……。

 

 そう思って、ハッとした。

 私は、男の人に興味がない。

 と言うよりも、あまり人間自体に興味がない。

 女癖が悪くて、色んな女の人に手を出して、挙句、母ではない人と遼太を作っただらしのない父のせいか?

 はたまた、そんな父に耐えきれずに、幼い私を置いてさっさと別の男と家を出て行った、母性本能の欠如している母のせいか?

 この世の中で、私が興味を持っている人間は、死んだおばあちゃんと、遼ちゃんだけだ。

 昭雄おじさんに至っては、私のことを大事に思ってくれているし、一緒にいてそう苦痛でないという程度の存在だ。

 ただ、生きていく上で誰とも関わり合いにならないことなど、無理だと分かっている。

 だから、当たり障りのない態度でどの人にも接っしてきた。

 近づきすぎず、近づけすぎずの距離感。

 

 なのに、今私は、目の前のイケメンを可愛いと思うなんて……。なんだか、不思議な気分。

 ぼんやりと、琉旺さんを眺め続けていると琉旺さんは、私を見て微笑む。

「陽菜子、俺、陽菜子のことが好きみたいだ」

 隙?鋤?…………好き?!


 私は、人との接触経験値が低いんだ!すぐには脳が、当てはまる漢字を変換してくれない。

 それでも、変換し終わった文字を理解し終わると、顔が熱を持って真っ赤になっているだろう事が分かった。

「る、る、るー、琉旺さん……。

 そう言うことは、もうちょっとオブラートに包んでもらえると、その、私としては、ありがたいです」

「オブラート?……例えばどのように?俺は、あまり日本語に長けてないから分からない。

 陽菜子が、教えてくれると助かる」


 月の光を浴びながら、イケメンは笑いながら、此方を伺い見る。

「そうですね……例えば………、月が綺麗ですね……とか……?」

「なんで、月が綺麗ですねと言えば、オブラートに包むことになるんだ?」

「そ……それは、えーっと……、

  “月が綺麗ですね“で、ググってみてください。

 では、私はもう遅いので、休みます。おやすみなさい」


 私は、もっの凄い早口で捲し立てると、琉旺さんの色気ダダ漏れオーラから逃げるように部屋に戻った。

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