閑話
第16話 王子 ググってみる
陽菜子は、可愛い。
本人は、そうでもないと思っているようだが、そんなことはない。
肩口まで伸びた黒い髪は、絹のように滑らかで、つい指を通したくなるし、丸く大きな瞳にじっと見つめられると、この俺の自制心を持ってしても、簡単に壊してしまえるほどの破壊力がある。
更に、ふっくらした小さな唇が、好きなもの
(トカゲとか、トカゲとか、トカゲとか)
のことを語るときに、よく動くのをみていると、つい食べたくなってしまうほど愛らしいし、手足の長い細っそりとした体は、抱きしめて守ってやりたくなる。
全てが完璧だ。
そう、まるで天使が、この地上に舞い降りたかのようなのだ。
ある日、いきなり襲ってきた男たちから、俺を庇うために負傷したシュウの血が止まらずに、俺は心底焦っていた。
俺たち、竜家の人間は、人型では生命維持が難しいと体が判断した場合には、爬虫類の姿に変わってしまう。
シュウの場合はオオトカゲだ。
オオトカゲであるシュウを普通の人間の病院に連れて行ったところで、頭のおかしい奴扱いされるのが関の山だ。
焦っていた俺は、ヒナ動物病院の看板が、救いの神のように見えた。
今思えば、診療時間は過ぎていたんだろう。
血まみれのオオトカゲを抱えた、血まみれの男が、いきなり入ってきて、受付で作業をしていた女は悲鳴を上げた。
想定範囲内だったので、無視していたら、陽菜子が奥から飛び出てきた。
その時は、シュウの血を止めてもらうことが何より重要だったので、陽菜子の見た目は、大して目に入ってこなかった。
陽菜子は、俺には見向きもせずに、キラキラした目でシュウを見た。
そして、シュウが血を流しているのをみると、ガーゼを取ってきて、傷口を押さえてくれた。
俺を、丸っと無視する女が世の中にいるなんて、俺にとっては、かなり新鮮だった。
男なんかに目を向けずに、目の前の傷ついた動物を気遣えるなんて、なかなかいい奴だと思った。
思えば、その時には、俺は陽菜子に少なからず好意を抱いていたのだと思う。
鱗を見られた時だって、陽菜子が部屋に入ってくる気配は分かっていた。
陽菜子だから、隠さなかった。
陽菜子になら、鱗を見られても構わないと思った。
なぜ、そこまで思ったのかはハッキリ分からないけれど、理由があるとすれば、なんかビビッと来たんだ。
鱗を見た陽菜子が、鱗に触れてきた時には、体に電流が走ったような気分だった。
そのまま押し倒してしまいそうになるのを、必死で堪えたほどだ。
縫合して、血の止まったシュウを連れて帰ってきたが、陽菜子のことが頭から離れない。
借りていた服の新しいものを届けに、動物病院に寄った数日後、仕事中に何度も携帯にかかってきていた電話番号に電話をかけたら、陽菜子が出た。
運命さえ感じた俺は、たいして考えもせずに、シュウを診にきて欲しいと頼んでいた。
『私はただの学生で、診察はできないんですよ?』
穏やかで諭すように言われた陽菜子の声が、聞き分けのない小さな子供の機嫌を取るように聞こえて、一気に恥ずかしくなった。と、同時に腹が立った。
完全に八つ当たりだけれど、幼い頃から人を従わせて生きてきた俺は、プライドが高い。
子供の頃ならまだしも、大人になってから俺と対等に物を言うのはシュウくらいだった。
そのシュウでさえ、最近では、滅多に砕けた物言いをしなくなった。
その俺に、子供に言い聞かせるように話をする女がいるなんて……。
ショックを受けた俺は、もう、どうやって陽菜子を家に連れてくるかばかりを考えるようになった。
あんなに、どの女にも興味をそそられたことのない俺が、陽菜子が気になって仕方がなかった。
兎に角、電話では無理だ。
どうも陽菜子は、大人しそうに見えるが、かなり頑固なようだ。
直接行って、シュウを引き合いに連れて来るしかない。
勿論、陽菜子を連れて来たかったのは、シュウのためだ。
シュウの瘤が大きくなってきて、シュウを診てもらうために、強引に陽菜子を車に乗せって連れてきた。
が、獣医師のあてが、他になかったわけじゃあ無かった。
竜家の力で、シュウを診てもらえる医者を探すことも十分可能だっただろう。
しかし、俺は陽菜子を連れてきた。
結局は俺が、陽菜子に会いたかったからだ。
陽菜子が、俺に興味がないのも良い。
他の女たちは、俺の顔を見た途端、餌を前に、涎を垂らした蛙みたいになる。
俺が金を持っているとわかると、さらに目が血走って蛙は蛇にクラスチェンジする。
…………相当怖い。
そんな女と番いたいと思う男が、どこにいると言うんだろうか?
陽菜子は、この屋敷に連れてきても、何にも態度が変わらない。
むしろ、ちょっと引いているようにも感じる。
自分が、陽菜子のことが気になっているのを認めたくなくて、陽菜子に偉そうな態度をとってみたりもした。
けれど、シュウの手術が終わって、疲れて眠ってしまった陽菜子の頭を撫でてやっていたら、まるで花が綻ぶように、ふんわり笑ったんだ。
あまりの愛くるしさに、一時、俺の魂は体を抜け出して、心地良いそよ風の吹く、春の野原をスキップしに出掛けて行ってしまった。
あのまま野原から帰って来なかったら、俺は今ここに居ない。
今まで、陽菜子は俺のことを見ても笑いもしなかった。
もう一度、彼女の笑顔が見たい。
今度はちゃんと俺を見て笑って欲しい。
俺だけを見て、出来たら俺の名前を呼んで、俺に笑いかけて欲しい。
なのに、俺の顔になんか見向きもしない。
いつもシュウのことばっかり見て、興奮しすぎて鼻血まで垂らして、テッシュを鼻に詰め込んで、フゴフゴ言っている。
ここに居るのだって、シュウと一緒に……、いや、喋るオオトカゲと一緒にいたいからだ。
全くもって、気に入らない。
シュウの怪我を診て欲しいと、ここに連れてきたのは俺の方だから我慢しているだけだ。
我慢のしすぎで、噛み締めた奥歯がいつもギリギリと鈍い音を立てている。
……仕方がない。
こうなったらもう、陽菜子に正直に気持ちを打ち明けよう。
陽菜子を俺の番にしたい。
187センチの俺が、陽菜子を抱きしめると、彼女はすっぽりと俺の体の中に包み込めてしまう。
ずっと、俺の腕の中にいればいい。
俺が迫ったり、好きだって言ったりすると、鼻血を出したり、顔を赤くしたりするのも、可愛くてたまらん。
外見だけじゃなくて、内面も可愛い。
そうだ、俺の目の色が変わるのを、カラコンだと思っていたと言ってたな……。
そんなズレているところも、可愛い。
可愛い、可愛い。
大事なことなので、何度でも言う!
可愛い❤︎
これが、巷で言われている尊いと言うやつか?
もう、俺は陽菜子が愛おしくて仕方がない。
陽菜子に名前を呼ばれたときも、嬉しくて仕方がなかった。
その美しい囀りで、数多の人を虜にすると言われている幻の鳥でさえ、陽菜子の声には敵わないだろう。
他人に名前を呼ばれて、昇天しそうになるなんて初めてのことだ。
なのに、陽菜子は距離を取りたがろうとする。
何故かは、分からないけれど、陽菜子の心の中で、人と上手いこと付き合いためには、程々の距離をとらなければと思っている節が見て取れるようだ。
その内、陽菜子の外側の可愛らしさだけではなく、胸の内ごと全て、俺に見せてくれれば良いなと願う。
俺は、早速、陽菜子に言われた“月が綺麗ですね“をググってみることにした。
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