第9話 トカゲ愛舐めんな
私の返事を聞いた竜凪さんの行動は早かった。
屋敷の中から何人かの男の人が、部屋に入ってくると、シュウちゃんをどこかの部屋に運んでいく。
「これ着て」
竜凪さんに渡されたのは、スクラブ(医師や看護師が着る、動きやすい医療用ユニフォーム)だ。
確かに、今のままの格好では動きにくいし、汚れも気になる。
でも、なんでパパっとこんなのが用意できるんだろう?
更に驚かされたのは、シュウちゃんを運んだ部屋だ。
床はリノリウムで、手術が行えるように立派な台が置かれ、麻酔モニターや手術用の器具も用意されている。
天井からは大型のライトが吊るされ、生体モニター装置や、奥にはシンクが備え付けられている。
一体、このお屋敷の中はどうなってるんだろう?
どうして、こんな設備があるんだろう?
え?お金持ちって、こんな部屋も家の中に装備してるもん?
いや………、そんな事ないよね……。
どう考えても、怪しいことこの上ないけれど、既に手術台の上に運ばれて、ぐったりしているシュウちゃんを見て、私は腹を括った。
もう、こうなったらやってやる!私のトカゲ愛舐めんな!YES I CAN
大学の研究室では、何度となく手術のアシスタントをしてきた。
けれど、今は自分1人だ。
緊張で指先が冷たくなっている。適度な緊張は、ミスを防いでくれる。
しかし、過度の緊張は体を硬くして、動きを鈍らせ、頭に血が回らなくなる。
私は肩と首をぐるぐる回して、体に血と酸素を巡らせる。
シュウちゃんに、全身麻酔を施した後、維持麻酔を行いながら、メスでお腹の左側面を切開。
止血を行いながら、更に少しずつ切開を進める。
すると、白いボール状の腫瘤が見えてくる。
太い血管を傷つけないように、皮膚に癒着している腫瘤を、少しずつ剥がす。
少しずつ、少しずつ腫瘤を剥離し、その度に止血を行う。
私には、慣れていると言えるほど経験が無いし、ミスをして大量出血すれば、リカバリーしてくれる人もいない。
慎重にことを運ばねばならない。
時間がかかりすぎてはいけないけれど、焦ってことを仕損じるわけにはいかない。
長い間放っておいたのだろう。
腫瘤は大きく、いろんなところに癒着していた。
剥離するのに時間はかかるし、神経は使うし、正直焦った。
けれど、どうにか腫瘤を取り除いて、局所止血剤を噴霧。
止血が完了したのを確認して、縫合。
どうにか手術を終えた。
シュウちゃんが、麻酔から覚めるのを、ずっと待つ。
麻酔の量は、少なめだし、当然気を付けているけれど、体力のない小さな動物は、麻酔から目覚めない子も中にはいる。
シュウちゃんが、麻酔から覚めてキョロキョロしているのを確認した私は、そのまま椅子に座り込んでしまった。
もう、動ける気がしない。
そもそも、昨日だって半徹夜だったんだ……。
なのに、1人で手術とか、よくやったな自分。
椅子の上で、脱力していたら、そのまま眠ってしまった。
優しい太陽に光が降り注いで、ふんわりとした風が吹き抜ける。
ゆらゆら、ゆらゆら揺れる、波間に揺蕩っている夢を見た。気持ちいい……。
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