第8話 トカゲが手術を拒否するんです
車は、郊外の立派な門の前で停まる。
高さが3メートルはあるであろう、鉄製の広く優美なデザインの門扉だ。
カメラで認証するシステムなのだろうか?
程なくして、大きな門は音もなく静かに、両側に開いて、竜凪さんは滑るように中に車を走らせる。
玄関ポーチの前に車を横づけると、彼は運転席から降りて、助手席のドアを開けてくれた。
何だか、お姫様扱いされているような気分になってしまって、照れる……。
顔に熱が集まって、ポーッとしてしまう。
「おい、早く降りろ。シュウが待ってる」
………っ偉そーーー!
照れて損した!
むくれた顔の私が、車から降りるのを確認した竜凪さんは、後は、チラリともこちらを見ずに、玄関の扉を開けて、ズンズン先を歩いて行ってしまう。
なんて、横柄な野郎なんだ!
それにしても、大きなお屋敷だ。
玄関も近代的で大きくて広かったけれど、廊下も長い。
落ち着いたデザインのドアが幾つもあって、一体何部屋あるんだろう?
廊下に赤い絨毯こそ敷かれていないけど、昔テレビで見た、迎賓館のようだ。
竜凪さんは、一番奥のドアの部屋を開ける。
緻密なデザインの絨毯が敷かれ、大きなソファが置いてある。
シャンデリアはないけれど、上品な間接照明が配された、明るい雰囲気の部屋だ。
「シュウ、大丈夫か?」
そこには、ソファに大きな体を横たえて、目を瞑ったシュウちゃんがいた。
ケージとかに入れたりしないんだ……。
普通に部屋の中にオオトカゲがいるのも、何だか不思議な光景だな。
じっとしたまま、ピクリとも動かないシュウちゃんのそばに、そろそろ近寄ると、そっとお腹の左側面を触る。
間違いない。腫瘤が前よりも大きくなっている。
放っておくからだ!ちくしょうめ!
「竜凪さん、出来るだけ早く、腫瘤を切除した方がいいです。
このまま放っておくと、どんどん酷くなるばかりで、シュウちゃん死んでしまいますよ」
不安げな声が出てしまい、そっと話しかけた私に、竜凪さんも同じトーンの声で答えた。
「分かっている。俺だって、手術を受けた方がいいって何度も言ったんだ。
けど、シュウが必要ないって言い張るから……」
……は?
トカゲが、手術を拒否したと言うのか?
一体どうやって、拒否するんだ?見てみたい。
思いっきり怪訝そうな顔をしていたのだろう。彼は、それ以上は言わなかった。
「お前さ、シュウの瘤を切ってくれよ」
彼は、決意したように真っ直ぐ私を見つめて、爆弾発言をかましてくる。
「………は?……何言ってるんですか。
私は、ただの学生で、まだ卒業もしていないし、当然獣医師の資格も取得していないんです。
って、このくだり電話でも言いました!
従ってですね、医療行為は行えないんです。分かりますか?」
しかし、竜凪さんは引き下がってくれない。
「だって、あんた手術の補助とかしてるじゃん」
「いや、確かに看護資格は持っていて、手術の際には、補助もしています。
でも、それも国家資格ではないですし、どちらにしろ獣医師免許を取得していない私が、医療行為を行うことは、動物愛護法、もしくは獣医師法に違反や抵触する恐れがあるんです。
つまり、医療行為を行えば、法律違反になり得るんです!
分〜か〜り〜ま・す・か?」
だんだんヒートアップしてきた私は、でかい声で彼に喚いた。
暫く、私の顔をじっと見ていた竜凪さんは、ハーっとため息をつくと、握りこんでいた手を開く。
「シュウは……、希少種って言われる種類で、日本では飼養許可が取れない種類だ。
お前のとこの先生も、それが分かってたから突っ込んで聞いてきたんだろう?
あの時は、シュウの血を止めて欲しかったから、問題ないって言ったけど、本当は先生は気付いてただろうな。
それでも、傷を縫合してくれて、本当に感謝してる。
でも、手術ってなると受け付けてもらえない。ただ放っておくとシュウは死んでしまう。
苦肉の策で、お前のことを思い出して、ここに連れてきたんだ。
無理を言ってるのは、承知の上だ。お前に迷惑をかけてすまないとも思う。
それでも、シュウは俺の家族なんだ。苦しんでるのに、このままにして置けない。頼むよ……」
竜凪さんは、眉尻を下げて縋るような目で私を見つめる。
私は、こういう瞳に弱い。遼太なんかは、それを分かってて、いつもこんな瞳で縋ってくる。
ここで、頷くべきではないことは、重々分かっている。
ここで、頷いて仕舞えば、私は法に背くことになるんだ。なのに、彼の瞳から目が逸らせない。
「分かりました……」
私は、してはいけない返事をしてしまった。
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