第6話 猛禽類に狙われるトカゲの気分

  次の日の夕方、大学から家に帰っている途中だった。

 黒のSUV車がスーっと横に止まった。盾のような図形に馬のマークがついたエンブレムのメーカーの車だ。 

 車に詳しくはないけど、高そうな車だな……。

 そんなことを考えていると、車の窓を開けて男の人が呼びかけてくる。

「こんばんわ」


 いやだ!ナンパ?私は、男の人よりトカゲちゃんの方が好きなんです。

 放っておいてください。

 心の中で、男よけの呪文を唱えていたら、また話しかけられる。

 

 まじで、勘弁してほしい。

 今日は、早く帰って公共放送局の特集番組、『熱き砂漠を行く小さな“怪獣“〜乾燥の大地に生きるトカゲたち〜』の録画を診たいのだ。


「君、君、雛形さん。そこのシュウを診てくれた人」

 シュウ?シュウちゃん?トカゲに関連するワードには、素早く反応するように出来ている私の体は、話しかけてきた男の人の方を向いた。



「……あれ?竜凪さんですか?」

「そうそう、竜凪です。この間は、電話でごめん。

 君に、話があるんだ。ちょっと乗ってくれないかな?」

 そう言って、竜凪さんは車から降りてくる。

「いや、無理です。流石にこんな時間に、よく知らない男の人の車に乗れません」

 そう言って、キッパリと断った私に、ムッとしたような顔をした竜凪さんは、小さく舌打ちした。


「え?今、舌打ちしました?

 ってか、この間の電話の件なら無理ですよ?それよりも、病院に電話してシュウちゃんの手術日を決めてくださいよ……。

 シュウちゃんの具合はどうなんですか?」

「シュウは、あんまり具合良くない。だから、電話でも話したけど家に来て、診て欲しいんだ」

 ほんの少しだけ口を尖らせて、目線を足元にやりながらボソボソ話す竜凪さんは、叱られて拗ねた子供のように見える。


 この人、こんな表情も出来るんだな。

 如何にも仕事のできる、大人の男の人だと思っていた私は、意外に思った。

「竜凪さん、シュウちゃんの腫瘤は、放っておくとどんどん大きくなります。

 早くシュウちゃんを病院に連れてきてください。何も、うちの病院でなくても構わないんです。

 シュウちゃんほどの、オオトカゲなら、かかりつけの病院があるんじゃないですか?

 そこでも構わないんです」

「………かかりつけ医は、いるにはいるんだが、事情があって今現状、診てもらえないんだ。

 だから、君に家に来てもらって……」

「竜凪さん!」

 私は、竜凪さんの話をぶった斬った。

「何度も言いましたが、私では何も出来ないんです。

 こんなところに、来ている時間があるなら、出来るだけ早く、どこかの病院を受診して下さい。

 では、失礼します」

 ペコリと頭を下げると、足早にその場を立ち去った。




 翌日、ああは言ったものの、あの後竜凪さんは、どうしたのだろう?

 シュウちゃんは、どうしているだろう?と気になって、研究室に顔を出したものの、全てのことが手につかない。

 仕方がない、今日はもう帰ろうと、大学の門のところまで歩いていくと、門の手前に女子学生たちが集まって、キャーキャー言っている。



 何事?


 

 恐る恐る、門の外を覗くと、そこには、昨日の黒いSUV車に寄りかかって立っている、竜凪さんがいるではないか!

 鈍く光るような光沢のあるブルーグレーのスーツを、きっちりと着こんで、誰かと電話で話している。

 しっとりとした生地は、彼の体のラインにピッタリと沿うように馴染んで、元々ある色気を底上げしている。

 長めの前髪を、丁寧に後ろに撫でつけて、難しそうな表情を浮かべているが、伏せられた睫毛が作る、頬に落ちる影さえも、彼の造形美を彩る装身具アクセサリーの一つになっている。



 こりゃ、やばい!

 あんなところで、群がっている猛禽類女子たちの前で、声なんかかけられてみろ。

 明日から、鷲や鷹に狙われるトカゲになった気分を、味わう毎日がやってくること間違いなしだ。

 私は、息を潜めて、出来るだけ体を縮めて、こそこそと、竜凪さんがいる門から一番遠い門を通って、家路に着いた。



 その日から、毎日、どうして私の帰宅時間が分かる

(授業が終わっても、研究室に寄る日だってあるのにだ)のか、竜凪さんは、大学の門の近くで猛禽類女子達に、キャーキャー言われながら、色んな門の前で車を停めて、人待ちをしている。

 まぁ、十中八九、私を待っているんだろうけど、あれだけ目立っていては、相手に逃げられるとは全く思わないらしい。

 それとも、キャーキャー言われるのが、デフォルトの彼は、日常過ぎて分からないのか……。

 恐らく、人生の中で、女に逃げられた経験なんて一度もないんだろうな。


 

 3日目あたりから、門の前に群がる女子オナゴ達が、鷲や鷹にしか見えなくなってきた私は、怯えながら、その群れを回避して帰るようにした。

 それでも、目印になってくれる彼女達に、深く心の中で感謝する。

 そして、竜凪さんと遭遇するのを危険を冒すことなく、無事家に辿り着いていた。

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