第2章 トカゲ姫 王子に拉致られる

第5話 腫瘍性病変の可能性あり

 オオトカゲのシュウちゃんの腫瘤の細胞検査の結果が返ってきた。

 当初の予測通り、『腫瘍性病変の可能性あり(悪性腫瘍)』と言うことで、なるべく早く切除した方がいい。

 ところが、『勿論です』と言っていた竜凪さんからは、あれから3日経っても、4日経っても電話がない。 

 仕方がないので、何度か竜凪さんの携帯に電話をしてみる。

 

 電話をかけながら、先日見てしまった竜凪さんの身体の鱗のことを、また考えてしまう。

 あれは一体なんだったんだろう?

 普通はどう考えても、身体に鱗なんて生えない。

 しかも一部分だけだった。

 触ってもサラサラだったってことは、やっぱり彼は、爬虫類か何かなんだろうか?

 

 でも、見た目は人間だったし、言葉も日本語を話していた。

 というか、正直彼が人間かどうかなんて私にとってはどうでも良いことなのだ。

 今まで24年間の人生の中で数多のトカゲちゃんの鱗を見てきて、かつ触れてきたが、あんな鱗を持つ種類がいただろうか?

 否、初めてだ。

 

 出来れば、もう一度あの鱗を見てみたい。

 そして触ってみたい。

 グレーの中に光の加減によって青色が現れる美しい色合いをした鱗は、艶と滑りがあって、竜凪さんの体温のせいか温かかった。

 滑らかさの中にも凹凸があって、触ると、ほんの少しざらつきを感じる。

 彼の筋肉の動きに合わせて、鱗も見事な流線を描きながら隆起していくのが堪らなく美しかった。

 まさに、垂涎ものだ。白飯3杯はいける!

 彼の筋肉を覆っていた、鱗を思い浮かべるだけで、心拍数が上がり胸の中は、大きく波打つのを感じる。頭の芯は、熱せられた鉄の塊があるかのように熱くなり、血が血管の中を逆流して背筋がゾクゾクし始める。

 ハァァァァ……、たまんない………。

 今、頭の中を見られたら、なんらかの罪で捕まるかもしれない。

 


 一人、妄想劇場を繰り広げながら、鱗愛が勝ち過ぎて、湧き上がる武者振るいを堪えながら、もう一度竜凪さんの携帯に電話をかけたが、出てくれない。

 今は小さい瘤だけど、放っておいて、どんどん大きくなってしまえば、取り返しがつかないことになる。

 シュウちゃんへのトカゲ愛が炸裂した私は、まるで、ストーカーのように、ジャカジャカ電話しまくってみた。

 けれど、竜凪さんは、やっぱり電話には出てくれなかった。




 どうしたら、連絡つくのかなぁ……。

 まぁ、本来は病院側がここまで躍起になって連絡しなくてもいいんだけど。

 もしかしたら、かかりつけの病院に既にかかっているって可能性だってあるわけだし。

 

 そう考えながらも、シュウちゃんのことがどうも気がかりで、1人ため息をついていたら、携帯が震える。 

 見ると知らない電話番号からだ。

 

 何を隠そう、私に気楽に電話をかけてくる友達などいない。

 だから、そもそもこの携帯が鳴るなんてことは滅多にないのだ。

 間違い電話?訝しがりながらも、一応電話に出てみる。


「……もしもし?」

「もしもし?竜凪です。もしかして、ヒナ動物病院の人?」

 竜凪さんだった……。

 そういえば、病院から電話しても出てくれなかったので、空き時間に、自分の携帯から電話したんだった。


「あ……そうです。ヒナ動物病院の雛形です。

 何度もお電話してすみません。シュウちゃんのことで……」

 慌てて、名乗った私は、やっと竜凪さんに電話がつながってホッとする。

「ああ、雛形さん。もしかして、院長先生の娘さん?」

「いえ、先生は叔父です」

「そう……。君は、獣医師の免許を持っているの?」

 竜凪さんは、電話の向こうで迷いながら話しているような声色で尋ねてくる。

「いえ、私は、獣医学部の6年生でして、また獣医師の免許は取れてないんです」

「そうか……」

 返事をした私に、彼は短く相槌を打つ。しかし、何だかがっかりしたような声だ。


「君、雛形さん。今日は時間がある?

 今から迎えをやるから、シュウを診に来てくれないか?」

「はい?」

 次に言われた言葉が、今ひとつ理解できなかった。


 シュウちゃんをみる?

 うん?

 見舞いって事?


「あの、仰る意味がわかりません」

「つまり、シュウの調子を診て欲しいんだ。診察して欲しいんだよ」

「………………あの、診察なら、動物病院に連れてきてくだされば、叔父が診ますよ?

 シュウちゃん、具合悪いんですか?」

「理由があってシュウを外に出せないんだ。だから、君が来てほしい」


 動物病院には、様々な動物がやってくる。

 その動物たちと一緒に、実に様々な飼い主さんも来院される。

 飼い主さんの中には、いくら事情を説明しても理解してくれない困った飼い主さんもいらっしゃる。

 先生は勿論のこと、私たちスタッフも、そんな飼い主さんと上手くコミュニケーションを取りながら、治療を進めなければならない。

 だって、動物は口が聞けないんだから。


「竜凪さん、私はただの学生で、獣医師免許も持っていないんです。

 従って、診察はできないんですよ?」

 なるべく、穏やかに、噛み砕いて説明したつもりだった。

「いや、そんなことは分かっている。でも、こちらにも事情があるんだ。

 頼むよ。ちょっと来てくれないか?」

 

 あ〜……こりゃ、ダメだな。

 そもそも、自分の思い通りにならないと、意地になるタイプの人かも?


「竜凪さん、兎に角、私がそちらに行ってもできることはありません。

 それよりも、シュウちゃんの具合が悪いのなら、早急に病院に連れてきてください。

 良いですか?では、失礼します」

 私は、言いたいことだけを言うと、プツッと電話を切った。

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